Twitterを退会してよかったこと

はじめに

読書・創作アカウントのTwitterを退会して、身内垢のみ残して運用をしているのですが、そうしてみて良かったことを挙げてみようと思います。

Twitterを退会したのは先月のことで、それから一度もログインしていません。

30代になってさまざまに考えることがあって、そのことは以前記事にも書いてきました。

aniron.hatenablog.com

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今回は創作の点でTwitterを退会してみた結果、どのようなメリットがあったのかを綴ってみます。

 

Twitterで人気の作風に囚われないようになった

Twitterで20代の大部分を過ごしてきて、耽美主義を掲げていたのもちょうどその頃のことでした。

Twitterは耽美なものが好きな人が身の周りに多く、私自身も好む作風だったので、長年そうした作風で詩を書いたり、短歌を詠んだりして、一定の評価をいただいてきました。

しかしそこに停滞を感じるようになり、もっと新たな作風を模索したいという気持ちが強まってきて、Twitterで評価を得られることを前提とした活動に疑問を抱くようになりました。

Twitterで評価をいただいても、あるいは別の場所で評価をいただいても、結局のところそれらが私の創作意欲を左右することはありませんでしたし、そのような状況になると、かえってTwitterという場が足枷のように感じられることも多くなっていました。

そうしてTwitterから離れてみて、今は療養詩歌を作っていますが、おかげさまでココア共和国には二カ月連続で佳作として採っていただきました。

もしも耽美な作風から転換せずに活動をつづけていたら、このような評価をいただくことはできなかっただろうと思います。

詩というものは常に前衛を志すものであって、停滞することは詩にとって致命的な傷となりうるということを改めて感じます。

今は自由詩に挑んでいますが、そうして新たな模索を自由に試みることができるという点で、私はTwitterの定まった評価軸から離れられて良かったと心から感じています。

kakuyomu.jp

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嫉妬の目を避けられるようになった

特に異性から創作上の理由で嫉妬の目を向けられることが3度ほどあり、いずれも精神的に消耗してしまったこともあって、Twitterから離れられて良かったと思っています。

3度ほどそうした出来事があって身に沁みて感じたことは、そういう方々はいずれも自分の力量を自分自身で見定める力がないということでしたが、それはともかくとして、20代の頃は向けられる嫉妬の目を、エネルギーへと換えて、ますます創作に打ち込むだけのバイタリティがありました。

ただ30代になり、20代よりも気力や体力が落ちてくると、嫉妬を向けられると、それを跳ね返すだけのエネルギーが失われてしまうようです。

それに加えてネット上の別の場所で異性から粘着されてPTSDが再燃したと医師に診断されたこともあって、ネット上における視線恐怖症のような症状がつづいて大変つらい思いをしました。

Twitterにいるとどうしても相互監視状態になり、終盤はいいねが飛んでくるたびに怯えてしまうので、通知を切ったり、ほとんどTLを見なくなったりしていました。

そういうストレスフルな環境から距離を置いて良かったと今は感じています。

 

身内垢のメンバーと新たなつながりが生まれた

元々大学の文芸サークルの同期メンバーでつながっている身内アカウントのみを残してTwitterをしていますが、そのメンバーと歌会をしたり、サークル活動を少しずつ再開しはじめていて、創作・読書アカウントを運用していた頃よりも、地に足のついた人間関係で文学の話をしたりしています。

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元々大学を出てからも活動をつづけていたこともあり、文学や創作への意識が高いメンバーが集っているので、創作・読書アカウントで人とつながるよりも、より質の高い関係を築けていると感じています。

今はクローズドなSNSが注目を集めていますが、Twitterをクローズドなものとして活用することで、以前よりも随分とストレスが減りました。

おかげで今は近すぎず、遠すぎず、ほどほどの距離で、これまでよりも良い人間関係を築けているなと感じています。

 

創作意欲がこれまでよりも上がった

創作・読書アカウントを閉じて、ココア共和国へ詩をコンスタントに投稿したり、別の場所に短歌を投稿したり、これまでなかなか書けずにいた小説のプロットに着手して、小説講座のプロ作家の先生に送らせていただいたりと、これまでよりも創作意欲は上昇しつつあります。

元々前述したように、ネット上の評価の多寡が私自身の創作意欲を左右することはなかったのですが、インスタントな評価を得なくなったことで、かえってじっくりと創作と向き合うことができるようになったのだと思います。

Twitterをやめて、創作において良い刺激がなくなってしまうのではないかとはじめのうちは危惧していたのですが、むしろ私にとってはいらないものだったのだなと今になって思います。

同人活動を中心にしたり、同人誌を頻繁に作ったりしているわけでもありませんし、活動の拠点をTwitterや同人誌ではなく、投稿やBOOTHでのDL頒布、カクヨムやKDPといった、比較的Twitterに依存しない環境に移したことが良い効果をもたらしたのだと感じています。

まだこのスタイルがうまくいくかどうかは分かりませんが、ストレスを感じながら活動をつづけることは難しいですし、できるだけTwitterに依存しない環境を整えることは、今後の私の活動にとって重要事項になるかと思います。

 

おわりに

ネットを見ていても、Twitterにストレスを感じている同人作家さんは何かと多いようなので、その方々の参考になればと思い、少々書きづらいことも書かせていただきました。

もしもTwitterをやめたいけれど、宣伝などの都合もあってやめられないという方は、いったん清水の舞台から飛び降りるつもりで離れてみるのも手なのかなと思います。

私はPTSDの再燃と診断されたことや、全く身知らずの他人の一挙手一投足のツイートに興味を失ったことが、公開アカウントをすっぱりやめる大きな動機になりました。

決してポジティブな理由ではありませんが、結果的にやめてみて良かったなと今は感じています。