ココア共和国に投稿しました&自由詩二篇公開

帰省先からではあるけれど、自由詩をココア共和国に投稿した。

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以前二ヶ月連続で佳作として採っていただいた詩はいずれも散文詩なので、今回も評価していただけるかどうか、まだあまり自信がないのだけれど、自由詩を何篇か書いてきて、ようやく答えの糸口が見えてきたかなと感じたこともあり、今回投稿させていただいた。

ちなみにココア共和国の9月号、10月号にはそれぞれ嘉村詩穂名義の散文詩を佳作として採っていただき、電子版に収録されているので、そちららも併せてよろしくお願いいたします。

かねてから自由詩を書くことへの抵抗感は強くて、私にとっては散文詩の方が息をするように書けるので、これまでずっと散文詩を書いてきた。

それでも新たな挑戦をしてみたいという思いもあって、今は自由詩を模索しはじめている。

同じところに留まりつづけていては進歩は見込めないし、村上春樹が『職業としての小説家』において、小説家は常に変化を求め続けねばならないという趣旨のことを書いていたけれど、それはあらゆる創作者にとって同じことなのだと思う。

特に詩というジャンルは常に前衛でありつづけてきたジャンルでもあり、新たな表現を模索しつづけることは、詩を書く上ではどうしても必要なことなのだろう。

たまたま評価をいただいたからという理由で、変わらないスタンスで散文詩を書きつづけてばかりいても、いずれは行き詰まってしまう。

そのためにも常に挑戦する心を忘れずに、またそのチャレンジ精神を実作に反映させていきたい。

今は強い焦りが私を支配していて、主人にはそう焦るなと電話でたしなめられたのだけれど、焦りや衝動がなければコンスタントに創作をつづけることはできない。

焦りをネガティブなものとして処理するのではなく、エネルギー源に変えていきたい。

 

Twitterをやめて、創作意欲が鈍ってしまうのではないかという不安も少なからずあったけれども、私の場合はそれは全くの杞憂に終わったようだ。

こうして新たな試みを心おきなくやっていけるのも、常に一定の評価軸でしかものの見方をしようとしないTwitterの人たちの目から離れられたという点では意義深かったと感じている。

そもそもネットの評価の多寡やその内容が私の創作意欲を左右することはこれまでも全くなかったし、自分の中に強い動機と意欲があれば、いつまでも詩を書いていられるのだと思う。

Twitterにいた頃には随分と異性から嫉妬のまなざしを向けられて、その煩わしさに参っていたけれど、今はそうしたストレス要素もなく、ただ純粋に自分の詩を高めるため、あるいは新たな領域へと足を踏み出すために詩作をつづけている。

 

おかげさまでここのところランキングが上昇しているという通知が来たので、自由詩を連載している詩集に二篇の詩を追加した。

遠ざかる森

あなたから隔たって

眺める木々に

高らかに鳴く鳶の声

七年光年先の部屋から

さらに遠かった星で

あなたのまなざし

あなたの朗読する小説の一節

切れぎれになった記憶をつないで

あなたの姿をたしかめようとするけれど

その一片だけを握りしめて

眠れないまま闇の中で

無為に横たわるだけ

あなたの言葉で描く

七色の森はここにはなく

焼き捨てられた本たちの慟哭と

虚ろになった部屋で増えてゆく奢侈品と

音声を発しつづける画面と

無数の無意味の言葉の羅列と

ただ無色に塗りつぶされてゆく世界で

あなたの気まぐれな口笛を聞かせてほしい

kakuyomu.jp

七千年の光

あなたから遠ざかって

空を駆ける鳥たちの鳴き声を

遥か遠い国の音楽のように聴いて

画面から流れてくる音声と

行き交う車や電車の音で満ちたこの部屋で

かつて見た遠い砂漠の写真と

そこに住まう人々のお茶を

鮮明に思い出してもなお届かずに

茶葉に触れることさえ忘れて

あらゆる瞳が見つめてくる街を歩き

その果てにある図書館を夢見て

永遠に辿りつかない重い足を引きずり

日傘は両手で支え持って顔を伏せ

婚礼の儀式をひとりきりで行うように

罪人がいたたまれずに顔を隠すように

道を行くことばかりが頭を離れないまま

詰められそうにない距離にあるものばかりを

追う兎になっていたことに気づく

あなたの光が七億光年先に届くには

まだ六億三千年の時が必要で

七千年をかけて届いた微かな光線が

海の上できらめくのに心は涙する

kakuyomu.jp

自由詩はまだまだ手応えが得られなくて、やはり私の得意なものは散文詩だなと感じるのだけれど、それでも詩として着地する瞬間にたまらない喜びを感じることは、詩を書く醍醐味だと感じる。

創作の世界は青天井だし、その道は長く険しい。それでも冒険心を持ってその道を進むことそのものが面白くてたまらない。

たとえ評価されようとされまいと、私は詩作をつづけていくだろう。

 

それから最後に併せてご紹介という形になりますが、図書館をめぐるエッセイ集『図書館という希望』も引き続きぽつぽつとお読みいただいているようです。

図書館という希望 宣伝

ブログ「広寒宮」で綴ってきた図書館にまつわるエッセイに書き下ろしを加えた、図書館エッセイ集です。

「もうひとつの家」としての図書館との付き合い方や、蔵書にまつわること、一利用者から見たコロナ禍の図書館の記録、幼少期に通った図書館との思い出など、今だから読みたい内容をぎゅっとまとめました。

本書が図書館を愛するすべての人の友となりうることを心から願っています。

 

-収録作品-

図書館という希望

ふたつの棚

図書館という友人

ふたたび図書館へ一

図書館の使い方を模索する

コロナ禍の図書館について

蔵書の整理

ふたたび図書館へ二

先達の目とBANANA FISHにみる図書館の精神

図書館という知の海に漕ぎ出す

図書館で知を拓く

学校の図書室の思い出

非常事態宣言下の図書館

本書に登場した書物

Kindle unlimited会員様は追加料金なしでお楽しみいただけます。

引き続きよろしくお願いいたします。