【深夜の文章キャス】渡辺和子『置かれた場所で咲きなさい』と新たな希望

渡辺和子『置かれた場所で咲きなさい』を読んだ。

ここのところ持病が悪化の一途をたどっていて、到底小説を書けるコンディションではなく、それでもやはり書きたいという想いと、やはりどうしても難しいという葛藤が入り混じってとてもつらい日々を送っている。

それでももうこの状況を受け入れるより他にどうしようもないのではないかと思っていた矢先に、この積んでいた『置かれた場所で咲きなさい』を思い出し、手に取ったのだった。

変えられない現実は受け入れるしかないということを頭で分かっていながらも、それでもまだ足掻けるのではないか、私の努力が足りていないのではないかと自分を責めてばかりいたけれど、「置かれた場所で咲く」という言葉はそんな風に力の入った肩をやさしく撫でてくれるような気がした。

世の中の一部にはこの本の本質を理解せず、「苦しい環境に身を置くことを良しとすべきではない」と言説もところどころで見かけたけれど、病という苦しい境遇に身を置かざるを得ない私にとっては、苦しみを受け入れ、その苦しみから見えてくるものを希望としようという著者の次の言葉に力をいただいた。

人生にポッカリ開いた穴からこれまで見えなかったものが見えてくる。

思わぬ不幸な出来事や失敗から、本当に大切なことに気付くことがある。

また

希望には叶わないものもあるが、大切なのは希望を持ち続けること。

希望の喪失は生きる力の喪失でもある。心の支えがあれば、どんなつらい状況でも耐え抜くことができる。

という著者の言葉にははっとさせられた。

まさに私は今作家になるという夢を失って、生きる力を失っている最中だったからだ。しかし、どんなときでも私には歌があり、それが詩となり短歌となって生まれてくることに新たな希望を見出している。

今の私にとっては詩歌が生きる意味となっていて、またブログを通じて書くことをつづけることが、自分にとっての自己実現につながっていると感じている。

その結果生まれたものを『図書館という希望』という一冊の電子書籍に変えることができたし、今はただそのことを希望だと思っていたい。

ブログ「広寒宮」で綴ってきた図書館にまつわるエッセイに書き下ろしを加えた、図書館エッセイ集です。
「もうひとつの家」としての図書館との付き合い方や、蔵書にまつわること、一利用者から見たコロナ禍の図書館の記録、幼少期に通った図書館との思い出など、今だから読みたい内容をぎゅっとまとめました。
本書が図書館を愛するすべての人の友となりうることを心から願っています。
 
-収録作品-
図書館という希望
ふたつの棚
図書館という友人
ふたたび図書館へ一
図書館の使い方を模索する
コロナ禍の図書館について
蔵書の整理
ふたたび図書館へ二
先達の目とBANANA FISHにみる図書館の精神
図書館という知の海に漕ぎ出す
図書館で知を拓く
学校の図書室の思い出
非常事態宣言下の図書館
本書に登場した書物

喪失を経て、やがて再生へとつながっていくことを、せめて今は信じたい。