図書館エッセイ本のお礼と短歌と

生きるとか死ぬとか死ぬほどめんどうなんですが、とにかく生きてます。

おかげさまでKDPとして出版した『図書館という希望』はぽつぽつとお読みいただいているようです。

この場をお借りして感謝申し上げます。

kindle unlimited会員さまであれば追加料金なしでお楽しみいただけるので、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします。

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ブログ「広寒宮」で綴ってきた図書館にまつわるエッセイに書き下ろしを加えた、図書館エッセイ集です。
「もうひとつの家」としての図書館との付き合い方や、蔵書にまつわること、一利用者から見たコロナ禍の図書館の記録、幼少期に通った図書館との思い出など、今だから読みたい内容をぎゅっとまとめました。
本書が図書館を愛するすべての人の友となりうることを心から願っています。
 
-収録作品-
図書館という希望
ふたつの棚
図書館という友人
ふたたび図書館へ一
図書館の使い方を模索する
コロナ禍の図書館について
蔵書の整理
ふたたび図書館へ二
先達の目とBANANA FISHにみる図書館の精神
図書館という知の海に漕ぎ出す
図書館で知を拓く
学校の図書室の思い出
非常事態宣言下の図書館
本書に登場した書物

 

ひとまず話は短歌に移ります。

ここのところ作歌が止まっていたのですが、原点回帰ということで梅地和子『鬱の壺』を再読しました。

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歌集 鬱の壺

鬱の闘病生活と、老年の回顧を直裁な表現で歌い上げた歌集。悲嘆と怒りを詠むその姿勢には偽るものがなく、読者の心を打つ普遍性を感じる。

奪ひさるのは非情ですいまのわが命のひびき歌う短歌(うた)まで

蔓薔薇に全身巻かれ血を止める術無きわれの生涯

もう一度療養短歌の原点に帰りたくて手に取ったけれど、そこには絶望とともに生きることへの祈りと切実さが見て取れた。

 

それから今一度自分の短歌の方向性を確認したくて、拙作の「青薔薇頌」と「晩夏の詩神」を再読しました。

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ゴシックな雰囲気が香る療養短歌30首を収めています。

天上のアガパンサスアガペーを我に給えよ病篤くなり

青薔薇の冠授けよとこしえに無数の棘は言葉となれり

 

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booth.pm

療養短歌をテーマに詠んだ、短歌30首を収めた折本歌集のPDFです。 失われた恋への挽歌、過ぎ去った夏へのノスタルジーをサブテーマとし、ダークでゴシック、耽美な作風を志向しています。

世の終わり詩神は死せず海の果てきみとふたたび巡り逢うまで

AnthemはCoccoだったね沈黙を守ってふたり白百合の園

 

概観してみて、自分の作風がやはり美に跪拝するものであることに変わりはないのだなと感じました。

同列に語るのはおこがましいですが、あこがれを抱いている日夏耿之介のように、やはり美を奉じたいという気持ちがあって、次の言葉は幾度となく思い出す。

芸術は人間最高の心的活動の一である。鈍劣不遜の民人が頓悟して此の秘壇を垣間見んとならば、若き沙門の修道の如き心にて其の知見の誇りを捨て芸術の理想の大籏の前に跪拝せよ。

日夏耿之介「詩集転身の頌序」

願わくばその沙門の一人でありたいと強く願う。

 

私はもともと療養短歌を詠むつもりで短歌を詠んできたけれど、選歌にあたっては知らず知らずのうちに美というふるいにかけているのかもしれない。

耽美主義から離れたとしても、それでもやはり美を志向するという基本的なスタンスは血肉となってしみついているらしい。

その原点を今一度たしかめて、ふたたび日々短歌を詠んでいきたい。

世に出ることは叶わないかもしれないけれど、それでも詠みつづけていればたどり着く場所もあるのかもしれない。

いずれはKDPで歌集を編みたいと願っている。

まだまだ当分先になりそうだが、とにかく精励恪勤して励みたい。