【深夜の文章キャス】詩歌まわりのこと

短歌を8首詠んだ他には創作活動らしきこともできないままで一日が終わろうとしている。

昼間、主人に送った詩に感想をもらって、現代詩らしいと評価してもらえたので、この作品含めて二作を投稿しようと考えている。

結果はすぐには出ないかもしれないけれど、それでもやはり詩歌に賭けたい気持ちは強いから、実践あるのみだ。

短歌ももっと読む量をこなさなくてはならないということを痛感する。

昼間に『短歌研究』7月号を読んだ。

笹川諒「眠りの市場にて」と北久保まりこ「砂迷宮」
横山未来子「ムーンフェイズ」が良かった。
以下、それぞれ引く。

 

笹川諒「眠りの市場にて」
僕たちがひとりで川を抱くときのエレキギターに似た抱き心地
夕暮れのファルセットは使わない給水塔が愛に思えて
雨後の街は金魚のにおいばかりする こころの外へ僕を出さねば

 

北久保まりこ「砂迷宮」
十六の長女に王位継がれけり 蒼天を灼く夏至の白日
ターコイズラピスラズリ鏤めし冠戴く華奢な首筋
消えたりし乳母ひとり肩口に女王と同じ痣を隠しつ

 

横山未来子「ムーンフェイズ
遠き夜に使ひしのみの五香粉の壜捨てにゆく変はれるわれは
空き瓶にをりをり足せりわが猫の楽器の弦のやうなる髭を
抜け落ちし爪より作られたるブローチを見き骨董店に
編まれた女人の髪を籠めありしロケットの裡の暗かりしこと
遺されたムーンフェイズの文字盤のちひさき窓を渉るものなし
月あかり失せゆくときいにしへ人の畏れは我が額に来つ

 

いずれも幻想的な香りが強くただよう歌ばかりで、いずれも幻視者のもたらす悦楽を感じずにはいられない。
私もまたこのような短歌を詠んでいきたいと強く思う。 

 笹川諒『水の聖歌隊』はかねてから気になっていて買わねばと思っていたし、横山未来子の短歌はもともと好きで、改めて読んでみると葛原妙子の影響をかなり受けているのだろうということが窺い知れる。引き続き歌集を集めて読みたい。

また今回北久保まりこの短歌に強く惹かれたので、できれば歌集が手元に欲しい。

 

 現在詠んでいる短歌は191首になった。

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公募に投稿しようと詠みはじめて、累計でもうすぐ500首になる。 

ひとまず投稿後に詠んだ短歌が200首になった時点で選歌をして、投稿したい。

Twitterでは盛んに流れてくるけれど、私はうたの日やうたよみんをはじめとするネットサービスに投稿することは現時点では考えてはいない。

カクヨムでは投稿するにはちょっと難しいなと思うものを載せていて、こちらは引き続きつづけていこうと考えている。

kakuyomu.jp

また折本という形なら気持ちの折り合いがつくので、未発表短歌で投稿しないものに関しては、折本を作っても良いなと思う。

現時点では折本フェアに寄稿する30首のみだけれども、さらに複数の折本を作って、BOOTHでの有償DLという形にしたい。

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star-bellflower.booth.pm

ゆくゆくはkindleで歌集を作る予定でいるけれど、こちらはまだ当分先になりそうだし、ひとまず目の前の投稿に勤しみたいと思う。

結果が出るまでにはまだまだ時間もかかるだろうし、あまり焦らずゆっくりやっていきたい。

 

追記

私は自分の作品をそうやすやすと簡単に消費されたくないのかもしれない。

evie-11.hatenablog.com

この記事の焼き直しになるけれど、私にとって作品は自分と密接な距離感の中で生まれてくるものだから、大勢の目に留まるところで、瞬間的・刹那的に消費されたくないという想いが募っている。

自分の作品をできるだけ丁重に扱うことは、ひいては読者の方々を丁寧にもてなすということにもつながっているのかもしれない。

即時的・即物的な宣伝や消費行動ばかり良しとされる世の中だけれど、私はそれに異を唱えたい。

先日須永朝彦宛葛原妙子署名本を手に入れたけれども、須永朝彦は読者100人のエンターテイメントを志向していたと聴く。

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そういうあり方はもはや通用しない世の中なのかもしれない。

より多くの人へ、より遠くの人へ届けること、誰も彼もとつながることだけが是とされるのかもしれない。

それでも私は読者が100人に満たなくてもいいと思っている。

宮沢賢治のように、たとえ読者がたった私ひとりであっても、私は短歌を作りつづけるし、その切実さがなければ短歌は詠めないと感じている。