ノンバイナリーとファッションと

昨夜眠れずにLGBTQ関連の記事を読みあさっていて、こちらの記事が心の琴線に触れた。

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みんながどのようにゴスを認識しているかはわからないけど、僕は、ゴスファッションにはジェンダー・フルイディティー(性の流動性)の要素があると思っている。ゴスファッションの美学っていうのは、アート・音楽・ファッションの要素を取り入れながら、性別の壁がない。男がメイクしてもいいし、女が髪を刈り上げても、性別気にせずにドレスやパンツを着てもいい。男らしくも女らしくなるのも自由で、それらをごちゃ混ぜにするのも自由。だから多くのジェンダーレスの人にゴスはウケている。男らしさも女らしさも混ざり合って、それでいてなおセクシーだから、ゴスは素敵なんだ。世に定められたデタラメなバイナリー(二者択一)に当てはまらないものに惹かれる。そのこと自体に危ないくらいの魅力があるよ。 

ゴスとノンバイナリーという点が線でつながって、とてもうれしかった。

考えてみればゴスロリには王子ファッションがあるし、ゴスにとって性別というものは越境しうる存在なのかもしれない。

ただ現時点で私はゴスファッションを志向しようとは思っていない。あくまでも文学的にゴシックを求め続けられればいいなと思っている。

ゴシックと私の表現については以前書いたとおりだ。

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吸血鬼や人工生命といったところまで読み進めて、自分自身の創作と比した時に、病める心身に根ざした創作をつづけるということが、近代以降失われた人間の身体性への回帰という文脈で捉えられることが分かったことは収穫だった。さらに人工生命に類するものは私は書いていないけれど、考えてみればAIが登場する散文を書いていたこともあったし、現代に対するカウンターとしての創作の原動力は常に私の中にあって、ゴシックというものに類すると明白に定義づけることはできるのではないかと思う。

ゴスを希求するということが、自分のセクシャリティにとって必然性をもたらしてくれるものであるという確証を得られたことが何よりもうれしかった。

 

そして昨夜は改めて川野芽生さんの記事を読んでいて、短歌を着るというのは面白いなと感じた。自己表現としての短歌があり、そしてファッションがある。

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セクシャリティもまたそこに根ざしているし、ゴスまでいかなくても、白いワンピースを着たいなとふと思った。私の短歌でファッションを表わすなら、少し病的な趣のある白ワンピースなのかもしれないと考えたのだ。

私の敬愛する西條冴子さんのドールの少年が纏っているようなレースの白いワンピースにあこがれがある。 

さらにレミさんという方のアンドロギュノスの人形にも強く惹かれてしまった。やはりワンピースがよく似合う。

  

 

実際に着るならこういうイメージだろうか。

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思い返せば「花ざかりの地獄」に描いた兄もこうしたワンピースを纏って眠りに就くという描写を書いていた。

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シャワーを終えれば、寝間着といっても名ばかりの、レースで編まれた母お手製の薄い衣を兄は纏う。湯上がりの唇には紅を差し、美しいレースに包まれて、かつて夢とうつつのはざまで兄は何を見たのか、そして今もどんな夢を見ているのか僕にはうかがい知れない。

ただひとつだけわかるのは、眠っている間だけは母の妄執的な愛情から自由でいられるのだろうということ、翼をもがれた鳥が、それでもなお大空を求めるように、兄は必然的に眠りつづけることを選んだのだろうということだけだった。

 おそらく兄は違う星からやってきたのだろう。シャワーの音を聞きながら眠れぬ夜を明かす晩、僕は愚にもつかないことを考えていた。唇に真紅の口紅を塗って眠ることにどんな意味があったのか、僕にはわからない。ただ口紅によってその奥に潜む口内と、そこから紡ぎ出される言葉を封じていたのだろうと思う。

 いや、夜更けにひとり鏡に向かって口紅を塗るのは、溢れすぎた愛という名の邪気から身を守るための儀式だったに違いない。いにしえの貴人たちが陵墓の壁を朱で塗り固めたように、兄は自らの唇に魔除けを施したのだった。ひと夜の魔法は、翌朝になればすぐに解けた。

 だから兄が眠りについてからも、僕は欠かさずに兄の唇に口紅を塗った。水に濡れても落ちない真紅のティントを選び、詩集を朗読するのに飽いたときには、兄の本物の唇に色素が沈着していくのをじっと眺めていた。

そういう性別を超越したところにワンピースというアイテムはあって、できれば年中そういう格好をしていたい。

かつてはスリットの入っていないチャイナドレスを普段着にしようとしたりしてきたけれど、コロナ禍で出かける機会が減ってしまい、それも叶わなくなってしまった。

その点ワンピースは自由だ。素材も幅広く普段着にも応えられる。

先日は病状が思わしくない時に着られるネグリジェを購った。

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今もワンピースを着てこれを書いているし、これまでも夏はワンピースを着ることが多かったけれど、今後ともワンピースやネグリジェを着て過ごしたい。