150首到達&ノンバイナリー的表現を志向すること

笹井宏之賞に投稿してから詠んだ短歌が150 

 笹井宏之賞に投稿して以降詠んだ短歌が150首になりました。

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それから選歌をして、投稿する予定の短歌5首を選びました。

150首のうち、32首は既発予定で、この間に100首ほど費やしているので、残りの50首の中から5首を選んだ形になります。

ゆくゆくは短歌の折本をまた作りたいと思いつつ、しばらくは投稿に勤しみたいので、当分先になるかもしれません。予定は未定です。

概観してみると最近はより写実的になってきているので、もう少し幻視を加える余地があったもいいのかなと。

50首ごとに選歌をすると、その時々の傾向がよくわかりますし、こうして振り返ることはやはり大事ですね。

 

またTwitterでノンバイナリーであることについて少し書きましたが、私はそういう傾向があって、心理学用語でいうところの「内なる子ども」は両性具有ですし、自分自身のメンタリティも中性的な要素がたぶんにあるのかなと。

ノンバイナリーのイラストレーター、Soralisさんの複製原画のポストカードをお迎えして日々眺めていて、私もそういうことを表沙汰にしてもいいのかなと思うようになりました。

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振り返ってみれば、私の書いてきた小説もノンバイナリー的主人公が出てきます。

「翠の鳥」の主人公・玉雪も読者の方に女の子と間違えられましたし、「山妖記」の墨蓮に至っては両性具有です。さかのぼってみれば商業誌『文芸ラジオ1号』に寄稿した「翡翠譚」に出てくる仙人も女性と間違えられたのを覚えています。

kakuyomu.jp

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そういうセクシャリティが厳然として私の中にあるのだろうなと感じていて、男の人を男らしく書けないことがずっとコンプレックスだったのですが、同人で細々と書く分には、むしろ自分のセクシャリティの表現なのだと肯定することが許されるのかなと。

ノンバイナリーというセクシャリティを表沙汰にすることは、私にとってあまりメリットをもたらさないのではないかと考えてきたので、これまでは押し黙っていたのですが、むしろ創作をする上では語るべきことなのかもしれません。

そういう点では自分の理想とするノンバイナリー的主人公の物語をこれからも書きつづけていくことが、私にとっては幸せなことなのかもしれません。

 

 その勇気をいただいたきっかけはもうひとつあって、川野芽生『Lilith』はアセクシャル歌人が編んだ歌集ということもあり、そうした発信をあちらこちらでつづけておられるので、短歌を詠む上でも思想として影響を受けています。

Lilith

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短歌は「私」という意識に根ざして詠むものなので、おのずとセクシャリティも表れてきて、私自身の詠む短歌にもそうしたノンバイナリー的要素が読み取れるといいなと願っています。