2021年6月に読んだ本

 

高村光太郎智恵子抄

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詩歌のみ読了。智恵子さんとの日々の慎ましさや、胸いっぱいに感じていたであろう愛情が痛いほど伝わってきて泣きたくなってしまった。病気になってしまった智恵子さんを目の前にして、光太郎さんはさぞかしやりきれない想いをしたに違いない。時代が時代だけに、「あたしもうぢき駄目になる」という言葉を発した、智恵子さんの抱いた恐怖心は想像にあり余る。それでも愛情はふたりを固く結びつけていたのだと思いたい。私自身も難知性のメンタルの病気を患い、日々主人に迷惑をかけてしまっているが、それでも日々の生活にわずかばかりの光が差し込む瞬間を肌で感じている。その瞬間がまさに凝縮した詩集だと云っていいのかもしれない。

 

石倉和香子訳『リルケ詩集』

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今まさに読むべくして出会った詩集だった。夜の静寂と孤独が凝縮し、静かに語りかけてくれる。日香里さんの幻想的な挿絵が見事にマッチして、宝物にしたいような素敵な詩集だった。
リルケの詩はこれまで触れたことがなかったけれど、できればまとまった形で読みたいと強く思った。

 

藤原龍一郎赤尾兜子の百句』

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やはり前衛俳句の『蛇』『虚像』の句の数々は圧巻。鬱を抱えながら句作に励み、最後は自裁したという俳人の抱えた抑うつと孤独、不安の烈しさをまざまざと感じた。ぜひまとまった形で句集が欲しい。
鑑賞文はかなり拙く、正直蛇足だと感じた。特に前衛俳句や意味を超越した句に対して無理矢理解釈を付け加えようとするところがいただけない。詩というものは意味の世界から離れたところに存在するので、途中からは赤尾の句のみ読もうかとも想ったのだけれど、それではこの本を読んだ甲斐がないと思い直した。
できれば『蛇』『虚像』はそれぞれ個別の句集として手元に迎えたい。 

 

 

赤尾兜子『虚像』

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藤原龍一郎赤尾兜子の百句』を読んで原典に触れたいと思って読んだ。署名本を迎えることができたことが何よりうれしい。
死の香りが強く漂う俳句の数々は、私が仰ぐ詩人の詩を彷彿とさせて、無性に泣きたくなった。
前衛俳句でありながらも、そこにはたしかな俳人の息づかいを感じる。兜子という人が切実さを持って死を想っていたこと、それが言語芸術としての俳句に昇華されていることが見事で、これまでに読んだ句集の中でもひときわ異彩を放っている。
できれば『蛇』もいずれ入手して読みたい。

 

赤尾兜子全句集 

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『稚年記』『蛇』のみ読了。
特に『稚年記』の「雪影裡」がとても好みだった。


ものなべて枯るゝ月夜を逝くべきか
凍て昏れぬ貝に思ひ出つきねども
靈菊に夜半の光塵(ひかり)の鱗の如
白藤やその一房に虻澄めり
白菊の崩れぬ髪を梳きしとき
衣(きぬ)は喪の月のひかりに濡るゝ女(ひと)
雪霏々と姫の白無垢とけやせむ
戀愛混沌眸に凍蝶の揺れやまず
身ごもりし女流眄(ながしめ)に螢籠
蘭の香や玻璃に舞妓の緋くれなゐ
萩桔梗またまぼろしの行方かな
蔦茂り今宵魔術の店ひらく


兜子の句では比較的わかりやすい。全体に充満する死の影は、戦争や周囲の人々を悼む想いもあってのことだと把握した。前衛を志した背後には、切実な死へのおののきと憧憬がない混ぜになって存在していたのだろう。

それから『歳華集』に寄せた大岡信赤尾兜子の世界」がとても良かった。創作で弱っていたところに巡り会えたことに感謝したい。


“ある一人の人間には実現できる方法が、他人にはついに実現不可能である場合の方が圧倒的に多いのであって、なぜかといえば、その方法の発見者にはあった精神の渇きのある特殊な形が、他の追随者には、少なくとも同じ形のものとしては、ないからである。それがおそらく、自然科学の方法と、詩の方法の本質的なちがいを生んでいるものであろう”
──大岡信赤尾兜子の世界」

 

アンナ・カヴァン『草地は緑に輝いて』

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彼女らしい、不安に包まれ不条理に満ちた冷徹な世界に、日々自分が感じている世界の残酷さを重ね合わせずにはいられなかった。「氷の嵐」「鳥たちは踊る」「受胎告知」「未来は輝く」が好み。
「鳥たちは踊る」のグロテスクさ、「受胎告知」の「アサイラム・ピース」を彷彿とさせる悲嘆、「未来は輝く」の不条理なSF譚、いずれも粒ぞろいで、この本を手に入れられて良かったと心から思う。間違いなく今年のベスト10冊に入る作品だ。
またカヴァンが画業もしていたというのは知らなかったのでさっそく検索してみたい。 

 

梅地和子『鬱の壺』

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歌集 鬱の壺

あくまでも写実に根ざした療養短歌で、その切実な響きが強く胸を打つ。こんな風に直截な表現で怒りや悲しみを謳い上げるには勇気が必要で、私にその勇気はないなとつくづく思った。精神福祉関係者の友人にも勧めたい一冊。
療養短歌・療養俳句に必要なのは写実性に他ならなくて、その写実性と真正面から向き合う覚悟と素直さがどうしても必要不可欠なのだろうと思う。それは自分自身の弱い部分と向き合う強さに他ならないから。そして私にその強さはない。 

 

 

 

原慎一郎『歌集 滑走路』

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何度も泣きました。
私もまた病に苦しみながら短歌を詠みつづけていて、歌に表れた苦しみと、そして願いつづけた希望の切実さに深く胸を打たれました。こうした素直な短歌はなかなか詠めるものではないけれど、それだけに美しい水晶のように言葉が結実した一作。
私も頑張って作歌しようと思えるし、眠れない夜にこれから何度も手に取ることになるのだろうなと思うので、すぐに手に取りたい本を集めたコーナーに収め直しました。
絶望を希望へと導いてくれる歌集だと思います。

 

miho.t『黒い森』

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美しい幻想性と詩情、悲しみと祈りを感じさせる絵の数々にうっとりした。
静謐な雰囲気と張り詰めた空気感が伝わってきて、その両者があってこそ美がいっそう引き立つのだなと感じた作品集だった。

 

振り返り

この他にもさまざまな本を読んで、計13冊になったのだけれど、ひとまず印象に残ったものを挙げてみた。

振り返ってみれば詩歌集をよく読んだ月になった。

赤尾兜子の百句』に触れたのをきっかけに、彼の俳句により深く触れられたことも良かったと思うし、Twitterを通じて『リルケ詩集』や画集『黒い森』に触れられた意義も大きい。

やはり本はつながっているから、一冊だけに飽き足らずに、気に入った本はどんどん読んで理解を深めるという行いをつづけていきたい。

詩歌集に関しては、できるだけディレッタンティズムに陥りすぎないように、幅広く詠めればと思っている。

写実もまだまだ学ばなければならないし、読むべき歌集はたくさんある。

引き続きさまざまな詩歌に触れて少しでも実作に生かしていきたい。