【散文詩】「多神教の巫女」と文学と

 

多神教の巫女

眠るには鬱屈とした精神が私の邪魔をするし、行き場のない憤怒が私を支配して絡めとる。すべてのものが滅びる雷雨を待ちわびて、もう十三時間近く経とうとしているのに、豪雨はほんのひととき顔をのぞかせて、その顔に描かれた文字列を読み耽る間に通り過ぎた。書かれていた文字は解読不能の言語体系で成り立っており、漢文が刻まれた石碑を読み解けるきみなら、あるいは読めるのかもしれないが、雨の漢字を複雑に並べ替えて、旧字や難読語が連なった文字列におおよそ意味はなく、天啓と認めて神がかる巫女はすでにいない。その末裔として生まれた私は神々に背き、天を統べるただひとりの神の前に跪くことも叶わぬまま、病める少女を私自身の似姿として崇めている。自我というものから解き放たれること願いながら、計り知れない重力は否応もなく私を縛りつけ、驟雨だの秋雨だの五月雨だのといった単語の渦に呑み込まれてゆく。あまりにも多くの単語によって構築されたこの国で、病苦を罪業として味わい尽くしても、贖うすべはどこにもない。穢れきった体を持て余し、発語することもままならない絶望を聖書をなぞって言語にしようと抗うけれど、雨の言葉が次々と口をついて出るばかりで、一向に深淵にたどり着かないまま、来ない嵐を待ちつづけている。

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昨夜は4時まで眠れずに詩を書いた。

そしてあらゆる文芸作品において必要な「必然性」というものについてぼんやりと考えていた。

必然性を伴わない作品が私はどうにも好きになれないし、逆に必然性に満ちた文芸作品はどんなジャンルのものであれ好きだ。

たとえば伊藤計劃虐殺器官』『ハーモニー』、村田沙耶香コンビニ人間』、アンナ・カヴァンアサイラム・ピース』、古くは高村光太郎智恵子抄』、宮沢賢治よだかの星」など。

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そうした切実な想いがあってこそはじめて成り立つ文学があり、あるいは達することのできる境地があるのだと思っている。

昨夜「耽美主義からエモーションへ」という記事を書いたけれど、このエモーションへの転換は、自分の内的な必然性への追求という点でも、一定の功を奏したと考えている。

evie-11.hatenablog.com

写実というのはある意味必然性そのもので、そこに根ざしながら幻視を求めなければ、屋台骨のない建物のようにもろく崩れ去ってしまう。

自分自身の作風の変化に対して、今までは引け目に感じることもあったし、これでは固定ファンの方々も離れてしまうのではないかという恐れもあった。

それでも新たな道を模索しつづけて、ひとつの答えを見出しつつあると云っていいのではないかと思うし、それは私にとってほぼ自分の力で道を切り開いた成果だと云えるのかもしれない。

 

内容について少し触れておくと、主人が雨の言葉に関する辞典を買ったというので、モティーフとして使った。

 ここのところ言葉に対する興味がとても高まっていて、言語SF風の詩を書くことが増えてきた。

evie-11.hatenablog.com

言葉を発することそのものや、言葉を扱うという行為に少なからずフェティシズムと問題意識を抱えていることの表れなのだろうなと思う。

言語SFにはまだまだ疎いので、引き続き円城塔や、金井美恵子といった作家の作品に触れて、自分の糧としていきたい。

 

 また金井美恵子作品にはさまざまな影響を受けてきた。

特に『兎』『金井美恵子詩集』は白眉と云って良い作品で、『兎』は図書館で借りて読んだきりなので、ぜひ手元に欲しい。

金井美恵子詩集』の散文詩の数々には少なからず影響を受けた。

詩を書きはじめた当初から、作風はさまざまに変化したけれど、今一度読み返して自分の立ち位置を改めて見つめ直すきっかけとしたい。

 

 さらにその後継に位置する朝吹真理子の作品にも魅せられつづけている。

中でもドゥマゴ文学賞を受賞した『流跡』が好みで、幻想文学とも散文詩ともつかない一作になっている。

『きことわ』『TIMELESS』と、一貫して時間の問題を描きつづけてきた作家でもあるので、詩を書くにあたっても、その手法に学ぶところは何かと大きいのではないかと思う。 

 

また彼女の父・朝吹亮二の詩集もさらに読みたい。

現代詩文庫の『朝吹亮二詩集』を読んだきりになっているので、できればこちらの二冊も手元に欲しい。

また古書価が高騰していてなかなか買えないが『Opus』には本当に魅せられた。

朝吹亮二が希代の詩人であることは論をまたないけれど、また彼の作品に触れてその言葉の迷宮の世界に迷い込みたい。

こうしてさまざまな文学に触れながら、より自分の作風を高めていければと心から願っている。そのためにも日々読書に励みたい。