ゴシックという作風を自覚したこと

私が詠んできた270首の短歌を振り返っていて、どうにもダークな歌ぶりだなと感じているのですが、 それをゴシックと評してもいいのではないかと今になって思い至りました。

そういうわけで下の二冊の本を注文しました。

ゴシック趣味に関しては、これまではアートに触れることが多くて、学生時代にはしょっちゅう画廊を巡って球体間接人形やアングラサブカル趣味の絵画に触れてきました。

そうした下地が如実に今の歌風を作っているのだろうと思います。
中でも松井冬子の影響は大きく、美術展や画廊へ足を運んで実物を拝見しました。

自分の歌風をゴシックと僭称するのはいささか気が引けるのですが、以前Twitterのフォロワーさんに松井冬子と相通じるものを感じると評していただけたことは大変光栄でした。

今はどちらかというと耽美派、前衛的な作風からは距離を置いて、写実と幻視のはざまを詠んでいるという感じです。

それでも強くタナトスの香りがするのは、ひとえに私の持病に起因するところも大きいのでしょう。

そうした理由で昨日読んだ『赤尾兜子の百句』はとても刺激的でした。

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赤尾の生涯を思うと、やはり句集を買わねばなるまいという想いにかられるのですが、ひとまず図書館に全句集があったので予約しました。

しかしどうにも我慢ができず、比較的廉価な署名入りの『虚像』を日本の古本屋にて注文しました。

どうしても原典に触れたいと願うのは、やはり元史学科生の意地なのかもしれません。

 

短歌は公募に投稿し、結果次第ではいずれ歌集を編むつもりなので、その折に公開できればと思っています。

またTwitterのフォロワーさんとやりとりをさせていただいて、 短歌を拝見したのも良い刺激になりました。

今のところ短歌をコンスタントにネットで公開することはあまり考えていないので、公募への投稿が一段落したら、次はひたすら歌集を編むために日々短歌を詠みつづけたいと思っています。

いずれは紙の同人誌の歌集を出したいというのが本音ではありますが、資金の問題や、コロナ禍や体調上の理由でイベントへの参加が困難なので、やはりKDPに重きを置くつもりでいます。

歌の巧拙についてはまだまだ拙いなぁと感じることも多いですが、だからこそ量をこなしていきたいです。

日々勉強だと思って詩歌に触れ、あるいは詩歌を作って励みたいと思います。