毎日ひとりきりで黙々と短歌を詠むこと

先月中旬からひとりきりで黙々と短歌を詠んでいて、160首を突破した。

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素人ではあるけれど、毎日誰かに見せることなく短歌を詠みつづけることについて、何か語れることもあるのかもしれないと思って筆を執ることにした。

そもそものきっかけは、主人が「歌人は毎日たくさん短歌を詠むから、歌集を読んでも本当に良い歌というのは、プロでないとなかなか選べない」と云っていたことだった。

それまで中途半端なペースで、気が向いた時だけ俳句や短歌を詠んでいた私は、どうしても歌人という称号欲しさに「よし、それなら毎日詠んでやる」と思って短歌を日々詠みはじめた。

はじめのうちは義務感から詠んでいた気がするのだけれど、Twitterを離れていたということもあり、また療養短歌を詠むと決めて写実に沿う形を目指したので、Twitterから離れたことがかえって功を奏し、コロナ禍と持病でなかなか家から出られない日々がつづいても、詠む題材には困らなかった。

詠んでいると焼き物のように「今日は締まらないな」と思う日もある。

それでもかまわずにとにかくたくさん詠んで、選歌の際に絞るということを何度か繰り返していると、だんだんと志向する方向性が定まってくるのが面白く、次の選歌が待ち遠しくなる。

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もともと散文詩も月一連載でWEB同人サイトに書いていて、量をこなすのは苦にならないタイプなのかもしれない。

散文詩はそうして2年ほど毎月欠かさず連載し、結果的に詩集を編むことができた。

 もちろんこの連載時には仲間内で感想を述べ合ったりして、それが私の創作を下支えしてくれていたのだけれど、短歌は誰に見せるでもなく詠んでいる。

自分の作歌は至らないところが多いし、短歌を選ぶ目はまだまだ拙い。

結社に属しているわけでもなく、指導を仰げるわけでもないから、取るに足らないものなのかもしれない。

しかしそう割り切っていると案外と開き直れるもので、「どのみちプロには遥か及ばないし、世の歌詠みの方々にも及ばない。それでも私は私の詠む歌が好きだ」と思いながら日々歌を詠んでいる。

短期的な目先の評価欲しさに詠んでいるわけではないというのが唯一の強みなのかもしれない。

少なくともインスタントな承認欲求を満たす道具として短歌を詠んではいないので、その分時間をかけられるし、何度でも選歌ができる。

その昔、学生時代の職場体験で司書の仕事を体験し、選書の楽しさと厳しさの一端を体験することができたが、選歌も似たようなものなのかもしれない。

選ぶという行為がすでに創作的だし、そこには選ぶ人の目の如何が問われることになる。

作歌をするよりも選歌をする方が私は好きで、もともと万葉集古今集新古今和歌集から好きな歌を選歌してひとりで遊んだりしていたので、その延長線上で自分の歌を選ぶ楽しみを味わっているのかもしれない。

次の選歌まであと40首弱ある。

もっと歌集や歌論などに触れる機会も設けねばならないし、短歌を詠む技術を少しでも高めるのと同時に、選ぶ目も培っていかねばならない。

素人ではあるけれど、そうして自分を高めていくために詩歌に触れることは何よりの喜びだ。今後とも励んでいきたい。