【深夜の文章キャス】創作について

今日飲みの席で主人と詩歌の話になった。

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主人も俳句を時々ぽつぽつと詠む人なのだが、また俳句は詠まないのかと問われて答えに窮した。

短歌にエモーションを載せて詠めるのが楽しくて、今は一日3〜10首ペースで短歌を詠んでいるけれど、公募への投稿が落ち着いたらまた俳句も詠みたい。

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いずれはKDPで句集も作りたいと考えているし、そのためには量もこなす必要がある。

何より私は俳句という詩型が好きなので、今後とも詠みつづけたいと思っている。

好きな俳人はと問われると、真っ先に藤原月彦の名を挙げたい。

とはいえいかんせん彼の句風の影響を受け過ぎなのは分かっているし、実際のところそれで公募に何本か出したけれども結果は芳しくなかった。

細々と詠みつづけて、KDPで句集を編むというのが最適解な気がする。

句集も買って読んではいるけれど、まだまだ読む方は乏しい。今後ともさまざまな形で触れていかねばならないと考えている。

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療養俳句の金字塔と謳われる、石田波郷『惜命』に出会わなければ、私が療養短歌を詠もうとは思わなかっただろうし、私の短歌にはさまざまな季語を多用しているので、俳句に触れることは作歌をする上でも大きな糧になってくれるはずだ。

短歌については昼間に書いたのと、今後また機会を設けて語るつもりなのでここでは語らないが、先日は散文詩カクヨムでレビューと応援コメントをいただいた。

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ここのところまったく作詩できていないのだけれど、私の根っこの部分にあるのはやはり散文詩で、昼間に読んだ塚本邦雄も『緑色研究』の跋文に次のようなことを書いていた。

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“もともと短歌といふ定型短詩に、幻を見る以外の何の使命があらう。現實社會が瞬時に變身し、新たな世界が生まれでる豫兆を、直感によつて言葉に書きしるす、そのそれ自體幻想的な行爲をあへてする自覺なしに、歌人の營爲は存在しない。幻想世界を分析し再組織するには、散文詩が有效であらう。その世界における葛藤と劇を創り、詳述するには小説、戲曲にまつべきものがあらう。短歌は幻想の核を刹那に把握してこれを人人に暗示し、その全體像を再幻想させるための詩型である。”
──『現代短歌大系』7巻、三一書房、1972年、51ページ。 

こうしてみるとすべてはつながっていて、私が散文詩を書いて美を志向してきたことも、俳句で耽美的な作風を試みたのも、短歌でその流れを継ぎながらも新たな領域へ踏み出そうとしているのも、いずれにしてもこの文章で説明がつくのだなと感じた。

 

そして飲み会の流れで、この病状の有様で、私が作家を目指すことはあまりにも難しいだろうと悲観的な話をした。

たとえ作家になれなかったとしても、そこには忸怩たる想いがあるのはたしかなのだけれど、それでもKDPで細々と詩集やエッセイ集を作っていると、案外そうしてローエネルギーで創作を細く長くつづけていく方が自分には合っているのではないかと感じてしまう。

もちろん作家を目指したいし、作家になるための努力は今後とも重ねていきたいけれど、日々持病による体調不良に苛まれていると、果たして万が一デビューできたとしても、その後やっていけるだろうかと思ってしまう。

その点KDPは元手もかからない上に在庫を抱えるリスクもなく、さほど売上は伸びないかもしれないけれど、コンスタントに出すことができるかもしれない。

 

とにかく自分が少しでも楽に生き延びる道を模索しないと窒息してしまうほど今は追い詰められているので、夢という一字を背負いすぎないように気をつけたい。

これまでに何度もこの夢という一字に圧迫されたりギリギリまで追い詰められたりして、本末転倒で小説を書けないという事態に陥ることが多かった。

もっと夢の形をひとつに絞りすぎずに、自分が模索できる範囲で息をしやすいように創作をつづけていけたら、それに越したことはないのかもしれない。

 

深夜だから幾分ナーバスになってしまうのだけれど、結局体調が著しく悪いという状況は寝ても覚めても変わらないので、こればかりはしょうがない。

たとえアマチュアに徹したとしても、創作をつづけていけることの方が私にとってはよほど大切なことなのだろうと思う。

小説を書くのは並々ならぬエネルギーが必要で、今の私にそのエネルギーは全くない。

そのエネルギーを短歌を詠むことに費やしていて、このペースだと6、7月あたりまでは短歌にかかりきりになるだろう。

それでも今は自分にできる限りのことをやっていくしかない。

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図書館エッセイ本の校正もまだまだ進めなければならないし、今すぐに小説を書かなければ死んでしまうという状況ではないので、自分の体調と相談しながら事を進めていきたい。