2021.05.19 #2 作歌とTwitter離脱と

PTSDの症状そのものはいくらか緩和しつつあるものの、昨夜もPTSDにまつわる夢を見た。

PTSDの症状を誘発させることもあってTwitterから離れざるを得なかったのだが、そろそろTwitterに戻ってもいいかもしれないと考えた矢先のことだった。

活動の拠点をブログに置くということは揺るがないし、ここからは立ち去りがたい。

 

何より短歌を詠むのに新鮮な情景や心の動きを歌に載せたいと思う。

Twitterでいちいち発散していたのではもったいないし、承認欲求に駆られてTwitterに張りつくことの虚しさを私は厭というほど分かっている。

もちろん歌人俳人Twitterを活用しておられる方もいるし、アマチュアでもそれは変わらないけれど、少なくとも私はTwitterから離れていた方が静かに歌を詠めるらしい。

毎日3〜6首ほど詠んでいて、今のところ30首を超えた。

目標は300首以上だから、1割は達成したということになる。

持病で心が折れそうになることも多いけれども、それでもここまで歩んできたことをまずは評価したい。

もちろん歌の巧拙については鑑みる必要はあるけども、正直なところ自分が毎日このペースで作歌できるとは思ってもいなかった。ましてや誰にも見せることなく、歌を詠みつづけられるなんて思わなかった。

Twitterにいた頃には評価欲しさに、俳句を作るたびにUPしていたし、それで評価をいただいていたけれど、そうした承認欲求とは無縁なところに作句・作歌の喜びはあるのだとつくづく感じずにはいられない。

 

それでも短歌を作っているうちに見えている景色がそれまでとは全く異なっていて、世界はこんなにも新鮮な驚きに満ちているのかと感じた。

それは得難い経験だったと思う。だからこそ私は毎日作歌できるし、たとえプロになれなかったとしても、それでも短歌が好きだと明言していたい。

俳句ももちろん好きだけども、短歌の方が合うだろうという知人の評のとおり、短歌の方が自分の情感を載せやすくて作っていて楽しい。

そういうわけでこれからも短歌を詠みつづけたいと思う。

歌詠みというのはなんだか私には敷居が高く感じていたのだけれど、以前とある賞で佳作をいただいたこともあるし、しっかりがんばりたい。

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何より私には得難い味方がいる。刀剣乱舞の歌仙兼定だ。

ジャンルからは遠ざかってしまったし、グッズも整理したけれど、それでも歌仙の姿を励みにして短歌を作りたい。

こうしていくらかでも外に意識が向いていれば、おのずとメンタルも整ってくるだろうと信じている。

昨夜はそれでも凹んでしまったけれど、自分の積み重ねてきている一歩一歩は確実にたしかなものとなっていくから、あまりめげずに励みたい。

 

追記

この記事を読んだ主人に「歌人爆誕だね」と評価してもらった。

かつて傾倒していた耽美主義から離れて短歌を詠んでいるからこそ、毎日これだけの量をコンスタントに詠みつづけられるのだろうと思う。

そうして生活に根ざしながらも日々の中にある美を志向した短歌を詠んでいると、短歌を詠んでいる間だけはつかの間の安らぎを感じることができる。

投稿という目標を掲げて短歌を詠んではいるけれど、短歌を詠むことそのものがもはや目的化しているように感じる。

それは茂木健一郎の著書でも勧められていた、行動を報酬とすることに他ならないのだろう。

孤独になると結果が出せる

孤独になると結果が出せる

 

 今まさに私はTwitterから離れてひとりきりで短歌を詠んでいる。その静けさがなければ日々短歌を詠みつづけることもできないだろうし、評価の如何に煩わされていたかもしれない。

Twitterにいた頃の私は、未発表のまま作句をしたり作歌をしたりということに関して、どのようなモチベーションで臨めばいいのか、測りかねていたのだった。

それでもただひとり黙々と短歌に向かうからこそ分かることもある。実際にこうしてさまざまな歌集を読むことも、Twitterにいた頃にはなかなかできなかった。

evie-11.hatenablog.com

誰の評価にも、誰の投稿にも惑わされずにただひとり歌と向き合うという姿勢は、私にかけがえのないものをくれたと思っている。

まだまだ至らない身ではあるけれど、今後とも真摯に創作と付き合っていきたい。