2021.03.16 俳句と図書館

ここのところ心身ともに参ってしまう日が多くて、春先の体調はいかんともしがたいなと実感している。

そこで最近は俳句を作ったり読んだりする機会がなにかと増えて、不調ながらも創作の一端に関わっていられることが素直にありがたいと思う。

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先日俳句のことを日記に書いたので、重複はできるだけ避けたいが、俳句を作る喜びとともに、その厳しさもだんだんと分かるようになってきた。

不調だとどうしてもこれといった俳句が詠めず、駄句が多くなってしまう。

「たくさん作ってたくさん捨てること」の大切さはプロの俳人がテレビでも説いていたけれど、実際に日々詠んでいると、良いと思えるものはそう多くはないことに気づく。

一応『角川俳句』3月号に投句することを視野に入れて詠みはじめたものの、結局私は自分の好きなように耽美主義俳句を詠んでいたいのだと気づいた。

それでモノになればいいけれど、俳句の世界はそう甘くはないだろうし、これまではTwitterを通じて評価していただける機会が多かったけれど、Twitterから離れてみて、自分の俳句と向き合ってみると、まだまだ拙いと感じることが多い。

 

もっとインプットの質量を増やして、俳句や詩歌に触れる機会を増やさねばと、先日は石田波郷の『江東歳時記・清瀬村』を読み、今は塚本邦雄『詩歌博物誌』を読んでいる。

図書館本。病に臥せりがちな春先に「清瀬村」を読めたことを心からうれしく思う。療養俳句の金字塔と云う『惜命』もぜひ読んでみたい。また旅の様子が描かれた箇所は俳人らしい風情が感じられ、自然の豊かさと息づかいが伝わってきて心をなぐさめられた。「江東歳時記」は下町に生きる生活人や労働者への惜しみない愛情の念が伝わってくる。歳時記というものが日々の生活と不可分であったことを改めて思い致し、日常から乖離した俳句を詠む身として背筋を正された思いがした。

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詩歌博物誌〈其之壱〉

詩歌博物誌〈其之壱〉

 

これらの本はいずれも図書館で借りたものだが、石田波郷の随筆集と出会ったのは偶然だったし、図書館の存在のありがたさを改めて噛みしめる。

また図書館で借りた全集本の中には、かねてより気になっていた永田耕衣の俳句もあり、こちらは以前も載せたように古書で購入するに至った。

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図書館で出会わなければすぐに手に取れなかったかもしれないし、全集本を利用するというのは図書館を使う醍醐味のひとつでもあるので、こうして一見蔵書が少なく、平凡に見える図書館の中にもさまざまな宝物が眠っているのだということに気づく。

要するに一見蔵書の少なく見える図書館をいかに活用するかということが大事なのだし、それは利用者の見識の如何にかかっているのだ。

図書館通いは引き続きやっていきたいので、返却期限までに借りた本を読んで、さらに本を借りて……というサイクルをできるだけ保ちたい。

もちろん手持ちの本にも読みたい本はたくさんあるのだけれど、図書館に通うことは外出して歩くきっかけにもなるし、心身の健康のためにも必要なことだと思う。

俳句の他にも借りたい本はたくさんあるので、ふたたび図書館を訪ねることが楽しみでならない。