孤独を深める─諸富祥彦『孤独であるためのレッスン』を読んで─

 先月、この諸富祥彦『孤独であるためのレッスン』を再読した。

孤独であるためのレッスン (NHKブックス)

孤独であるためのレッスン (NHKブックス)

  • 作者:諸富 祥彦
  • 発売日: 2001/10/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 読んだときには「いやいや、孤独なんてできるだけ避けた方がいいし、うつも悪化するに決まっているし、友達がいるに越したことはないし、なんだかんだでTwitterにも戻りたい」と思っていたのだが、諸事情あって友人と疎遠になって、「あれ、意外と寂しくないぞ」と感じるようになった。

 

私が寂しいと思う時にはたいてい調子を崩しているときなので、その期間をやり過ごせばいいのだし、孤独感を癒すためにSNSに入り浸るというのはかえって逆効果であることも、10年以上Twitterにいた身としては、肌身に沁みてわかっている。

それでもここ二週間ほどの不調にはどうにも耐えかねて、Twitterに戻ろうかと考えたこともあったのだが、TLをぼんやりROMっていると、「なんだか雑音が多すぎるし、ここに戻りたいわけではないな」という想いを新たにした。

 すると自然とあきらめがついたのか、友人のこともほとんど気に留めなくなったし、終わった人間関係への執着がふっと途切れて、「これがこの本に書かれていた『孤独を深める』ということなのか」と思い至った。

 

幸いにも私は結婚していて、主人がいればそれで心の平穏は生み出せるし、そこに他者が介在する余地は今のところあまりない。

 かといって主人に大きく依存しているというわけでもなく、平日の昼間のひとりの時間は何ものにも代えがたい喜びをもたらしてくれる。

家事をこなしたり、推しのClariSの楽曲をじっくり聴いたり、本を読んでゲームをプレイしたり、ブログ記事を複数本書いていると、それだけで充実感がある。

なんとも平凡な幸せだと思うのだが、それでもなお幸せなのだからしょうがない。

 

 ひとりでいることの充実感と幸せを教えてくれたものは他にもあって、今観ている「ゆるキャン」のヒロインのひとり、志摩リンちゃんというキャラクターがソロキャンプをして読書をしている様子にじんわりと心が温かくなった。

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もともと私は友人が少ない人生を送ってきて、学生時代は寂しいと感じたことがなかったし、人と積極的にも関わりたいとは思っていない人間だった。

かけがえのない友達は本だったし、中学時代から今に至るまで交流がある親友とも、本を通じて知り合った。

それでいいんだよ、と「ゆるキャン」というアニメがそっと教えてくれている気がするのだ。

 

仲間がいることはもちろんすばらしいけれど、仲間がいないからといってコンプレックスを感じたり、負い目に思ったりする必要はないのだと思う。

専業主婦になって以降は、友人がほとんどいないことを心苦しく思ってきたけれど、今は煩わしい人間関係から解放されたことの方がよほど喜ばしい。

表面的にぼっちの負け惜しみだと捉えられればそれまでだけれど、いつまでも古い人間関係に縛られたり、ネット上の素性の分からない人との間でさまざまなストレスを感じているよりはよっぽど健全だ。

 

友達はいなくても、気心の知れた妹とさまざまな本を読んでいた、幼少期のような幸福な時間にはもう戻れないと思ってきたけれど、今はふたたびその幸せをかみしめている。

結局私のキャパシティはそう大きくはなくて、心底信頼できる間柄かつミニマムな人間関係で完結してしまえる人間なのだろう。

そんな自分を受け入れつつ、この幸せをかみしめつつ、前に向かっていきたい。