図書館本を読んで句集を買う

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先日図書館から借りてきた、『東郷青児 蒼の詩 永遠の乙女たち』と『現代俳句大系 第八巻』を読んだ。

このうち『現代俳句大系』に関しては、かねてから気になっていた永田耕衣『驢鳴集』のみを読んだ。

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再読。東郷青児の絵に惹かれてやまないのは、その詩情と憂愁にある。この本ではさまざまな図版がふんだんにほどこされ、中でも装丁を手がけた本の写真などは貴重なものだ。谷崎と交流があったことに関しては、私の中の好みの点と点が線でつながったような思いがした。またエッセイがきざっぽくて素敵だ。どこまでも美意識の高い、あか抜けたセンスの持ち主だったのだろうということが、この本の文章の端々から伝わってくる。

 

 

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繰り返される動物と生と死のモチーフが詠みこまれていて、中でも蝶の句に心惹かれた。「無縁仏の頭へ一寸降り行く揚羽蝶」「天涯やいたるところに揚羽蝶」「凍蝶や天明に物書きはじむ」など。他に「老牡丹今年の花の嗣ぎて散る」「老梅の開花忽ち万華なり」など、植物のエロスとタナトスを謳ったものも心の琴線に触れた。図書館本だが、ぜひ手元に欲しい。

俳句に関しては、なかなか図書館ではこれといったものが借りられないのではないかと危惧していたのだが、要は図書館というものの使い方次第で、こうした全集本などはやはり図書館の強みでもある。

全集本を都合に応じて利用する贅沢は図書館ならではの楽しみだと云える。

 

また永田耕衣に関してはかつてTwitterを通じて知ったのみで、その全貌についてはほとんど知らないままだったので、句集にすぐに手を出すというのは少々ためらわれた。

むろん身銭を切らなければ分からないこともある。

しかしいかんせん句集は得てして高額になりがちで、専業主婦の身にはいささか荷が重い。そういう時に図書館を使い倒せるありがたさはやはり身にしみる。

 

とはいえ気に入った詩歌はやはり手元に置いておきたいという気持ちもある。

以前購入した鷲巣繁男『石胎』もまさにそういった経緯で手元に迎えるに至った。

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今回も同じ道を辿ることになりそうだ。

図書館を使い倒し、量をこなしながら気に入った詩歌を集める。

それが私にとっては理想的な詩歌との付き合い方になりそうだ。

 

同様の状況でぜひ買いたいと思っているのが西東三鬼句集と、富澤赤黄男句集で、こちらは以前にも書いたように朝日文庫版で揃えたいと思っていたので、上記の『驢鳴集』と併せて注文することにした。

 もともと三橋鷹女の同文庫の本を持っているということもあり、この際揃えたいという想いもあったし、全集本に手を出す余裕はなかなかないのが実情だ。

私は愛書家でもディレッタンティズムに耽る趣味もそこまでないので、身の丈に合った読書ができればそれでいいと思っている。

そうして自分の句作に生かすことができればそれで充分なのだ。