鬼滅の刃とファンタジーへの原点回帰

私は20代半ばごろに投げかけられたとある方の「あなたはすぐに影響されるから、自分の軸を作った方がいいよ」という言葉が忘れられなくて、ずっと傷ついていました。

5年経った今でも、まだ私の心に刺として刺さっています。

それでも5年経って30代になった今、分かったことがあるのですが、自分の軸というのは年齢を重ね、経験を経る中でおのずとできてくるものであって、若い頃に自分の軸がないというのは、致し方ないのではないかと思うのです。

またその人に向けて私は自分のすべてを開示したわけではなく、その人に伝えなかったこともたくさんあります。それは半ば仕事としての付き合いだったので、致し方なかったのです。

 

それはともかく、影響されやすいという側面は私の中に少なからず今も残っている性質ですし、Twitterを離れたのも、良しにつけ悪しきにつけさまざまな影響を受けすぎることに疲れてしまっていたからという事情もあります。

SNSから離れ、30代になって、ようやく自分の好きなもの、やりたいと思えることが見えてきたのかなと感じていたのですが、まだまだ人からの影響は抜けきれない部分があって、自分のオリジナリティはどこにあるんだろうと自問してしまいます。

 

でも、いろんなものに触れるから自分というものの本来の姿が見えてくるのだなということを鬼滅の刃のテレビシリーズを今さらながら観ていて感じます。

鬼滅の刃はとにかく女性陣が魅力的だなと感じてるのですが、第十六話では母蜘蛛に惹かれました。

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銀髪で長髪というルックス、異形という推し要素、そして近しい人に虐げられて、悲しみを背負った母親という切実なバックグラウンド。もう完璧です。

 

そして山という異界で描かれる母の悲しみというと、やはり鏡花だよなぁと思い至ったり、手前味噌ながら、自分自身も山中他界のあやかしを描いた「山妖記」や、同様に山中他界が出てくる「翠の鳥」を書いたことを懐かしく思い出しました。

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kakuyomu.jp

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案外自分の好きなものや、自分の軸というものは、人にひけらかさなくてもしっかりと持っていられるものなのだなと気づきました。

先日、普段は本を全く読まない実母と電話で話して「あなたの売りは美しいファンタジーでしょ。それを書きなさいよ」と云われて、「そうはいっても私にはどうしても書かねばならんものがあってだな……」という思いに囚われていたのですが、どうにも筆が進まず、書かねばと思えば思うほど苦しくなるばかりで、ここで原点回帰をしてもいいのかもしれません。

 

思い返せば大学時代、西洋近現代史のゼミから休学を経て日本古代史に鞍替えしたのも、原点回帰の道を選んだのがきっかけでした。

その糸口となったのがたつみや章月神』シリーズや、上橋菜穂子『守り人』シリーズ、萩原規子『勾玉』シリーズなど、幼少期から慣れ親しんだ和製ファンタジーたちでした。

月神の統べる森で

月神の統べる森で

 
精霊の守り人 (新潮文庫)

精霊の守り人 (新潮文庫)

 
空色勾玉 「勾玉」シリーズ (徳間文庫)

空色勾玉 「勾玉」シリーズ (徳間文庫)

 

 もともと「翠の鳥」に関してはスピンオフ作品を書くつもりで4年ほどネタを温めていましたし、その前には「源氏物語を読まねば」「もっと平安文学に触れなくては」という高いハードルがあって尻込みしていたのですが、どのみちこのネタとは長い付き合いです。 

あと5年ほど付き合うことになってもいいのかなと、今では少し気負いも抜けてきています。

30代になり、20代の頃のような血気盛んなエネルギーはあまりないのですが、その代わりに鷹揚に構える心のゆとりが出てきたのかなと感じています。

20代の頃はとにかく気力だけを糧として、全力投球・全力勝負で小説と向き合っていましたが、30代の今はもう少し準備に時間をかけたり、しっかりプロットを組み立てようという意識が出てきていて、村上春樹の云うところの「剃刀から鉈へ」という力学の転換ができるようになってきたと感じます。

職業としての小説家 (新潮文庫)

職業としての小説家 (新潮文庫)

 

たとえ時間がかかっても、たとえ多くの人に評価されるものではなかったとしても、やはり私はこの和漢折衷異世界ファンタジーを書きつづけたいという思いがあります。

今こそ、物語を作る原点となったところに帰ってもいいのかもしれません。

 

そのためにも古典文学の勉強や、記紀神話民俗学など、大学時代にこつこつと積み上げてきたものをさらにアップデートさせていかねばなりません。

これには時間がかかりますし、回り道もずいぶんとするでしょうし、自分の気力体力がどれほど保つのか、今はわかりませんが、それでも大きな目標に向かって進みたいと思います。

私にとって、物語はそうたくさん並行して書けるものではないので、そこは時間を惜しんで、今書いているものからいったん離れて、次へ向かっていきたいです。