Twitterをやめて二ヶ月弱、この間の変化について

Twitterをやめて二ヶ月弱経ちました。

この間、はてなブログを通じた連携投稿で、Twitterにブログの告知ツイートを投稿していたのですが、Twitterは一切見ていません。

この間の変化について書いてみようと思います。

 

Twitterをやめるためにやったこと

移行先を用意する

移行先を用意することが何より重要なことでした。

cakesの不祥事でnoteをすんなりやめられた経験を生かして、noteをやめるにあたってはてなブログでの投稿を強化したように、Twitterをやめるにも移行先が必要だと考えました。

そこで選んだのが日記アプリ「瞬間日記」と、読書メーターでした。

瞬間日記 (Moment Diary)

瞬間日記 (Moment Diary)

  • Utagoe Inc.
  • ライフスタイル
  • 無料

apps.apple.com

bookmeter.com

 

瞬間日記

瞬間日記については以前記事にも書きました。

evie-11.hatenablog.com

evie-11.hatenablog.com

もともとTwitterをやっていた頃から、よりクローズドなSNSに引っ越したいと考えていて、主人に「LINEでいいんじゃない?」と云われたのですが、個人的なことを書ける場が欲しかったのでした。

そういう点でも日記アプリというのは理にかなっていました。

またSNSの炎上やら政治思想やらジェンダー問題やらに振り回されずに済むのが「瞬間日記」に移行した最大のメリットでした。

それから自分と人とを比較して凹んでしまったり、読書垢界隈というハビトゥスの闘争の場としてのTLに疲れてしまったりすることもなくなりました。

おかげで精神的にずいぶんと楽になったと感じています。

Twitterをやめてみて改めて感じるのは、いかにあの場所がストレスフルな場所だったかということです。

少し前までは戻りたいと感じることもありましたが、創作をお休みしてしばらく経ってからは戻りたいと思わなくなりました。

飽くなき競争と闘争の場としてのTwitterによほど疲れていたのだと思います。

 

読書メーター

読書メーターは2008年から使っていて、Twitterよりも前からなじみのあるSNSということもあり、また多少ハビトゥスの闘争の場としての性格を有しているものの、何はともあれ誰もが本を読んでいますし、Twitterと違って読んでもいない本の書影だけで殴り合うこともないので、安心していられます。

ここ数日はSNSから完全に手を引こうかと考えていましたが、移行先として理想的な形で機能しているので、無理にやめなくてもいいかなと考え直しました。

今年は200冊読むと目標を決めているので、その目標のモチベーションのためにも読書メーターは必要です。

 

運動

私はTwitterをやめると云っても結局戻ってしまうことがたびたびありました。

その原因のひとつが「Twitterをやめたことで自分の不調にフォーカスしてしまいがちになる」ことです。

これを解消するのに役立ったのは運動でした。

最近読んだ『スマホ脳』にも運動の有効性は強く説かれていました。

スマホ脳(新潮新書)

スマホ脳(新潮新書)

 

個人的なことは、こちらの記事に書いたので繰り返しませんが、スピンバイクによる運動の効果はとても大きかったです。

snowrabbit21.hatenablog.jp

精神的に前よりも安定したことで、自分の不調にフォーカスしすぎるということもなくなりましたし、体力がついたことで、一日を安定的に乗り切れるようになってきました。

  

変化

孤独感の緩和

『デジタル・ミニマリスト』にもあるように、リアルでのコミュニケーションが豊かになりました。 

 はじめはTwitterをやめたことで寂しさが増すのではないかと思っていましたが、案外そのようなこともなく、むしろTwitterが孤独感を増幅させていたのだなと気づきました。

Twitterから離れて主人とのコミュニケーションの質量がより増えましたし、ひとりでいても寂しいとあまり思わなくなりました。

読書量もかなり増えて、Twitterで半分読書垢をやっていた頃よりもむしろ本をたくさん読めるようになったのもうれしい効果でした。

また読書で人とつながりたいという欲求も、結局はリアルで交わす豊かな文学トークには敵わないと気づけたことも収穫だったのかなと感じます。

 

自尊心の回復

Twitterをやめてしばらくの間は、オリジナル小説の創作を休んでいて、「何者でもない自分」を受け入れがたく思っていました。

「創作をしていなければ本当の私ではない」と考えこんでいて、創作ができないことで焦りを募らせてしまっていました。

 

しかしやめてしばらく経ってみると、創作こそが自分を苦しめていたのだということを実感したのです。

小説を読む時も、あるいはアニメを観たり漫画を読む時も、少しでも創作の糧にせねばという想いが先行してしまって、純粋に楽しめなくなっていました。

ところがTwitterをやめ、創作から少し離れてみて、物語のすばらしさを心から噛みしめることができましたし、じっくりと作品の余韻にひたる余裕も出てきました。

幼少期まではこうして作品の余韻に何日もひたって過ごしていたのに、大人になってそういうことができなくなったのは、感性が鈍ったのだと悲観的に考えていましたが、SNSから離れた、本来の意味でのひとりの時間を楽しめるようになった証なのだと思います。

 

また「創作を通じてTwittrやネットで評価してもらえなければ自分には生きている価値がない」という「スキーマ」からも自由になって、主人とも相変わらず仲良く過ごしていて、今は毎日がとても幸せです。

こんなにあっけなく幸せになっていいのかと思ってしまうのですが、村上春樹村上さんのところ』の中に、ぬくぬくと優雅に生きることが一番の復讐、という趣旨のことが書かれていたので、このままぬくぬくと生きていようと思います。

村上さんのところ

村上さんのところ

  • 作者:村上 春樹
  • 発売日: 2015/07/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

おわりに

書店の軒先の売れている本コーナーに「自己肯定感」とタイトルのついた書籍が並んでいるのを見ると、「誰もがSNSで自信を失っているのだなぁ」と感じます。

恥ずかしながら、私自身もかつてはHSPやセルフケアについての本など、そういう類いの本をたくさん読んでいました。

 

しかしSNSをやめてからは「自己肯定感」云々について深く考えることはなくなりましたし、「たとえ創作ができていなくても、私は私として日々やるべきことをやっているのだから良いのだ」と思えるようになりました。

村上春樹が『職業としての小説家』で説いているように、私は精神的な部分だけに大きく偏っていて、フィジカルの部分をないがしろにしていたのだと思います。

運動をして、日々のルーティンを作りつつあることで、フィジカルの部分がしっかり整ってきたと感じています。

それは特段誰からも評価されることはありませんが、私にとって揺るぎない自信を作る基礎となってくれます。  

職業としての小説家 (新潮文庫)

職業としての小説家 (新潮文庫)

 

  いわば村上春樹にとっての走ることが「悪魔祓い」であるように、私にとっての悪魔祓いは日々をできるだけコンスタントに整えていくことにあるのだと思います。

今はその基礎を作っている段階なのです。

 

今後とも何らかの形で細々と創作をやっていければと考えてはいますが、かつてのように焦りはあまりありません。

小説を書くにはまだまだエネルギーが足りませんし、時間もかかりそうなので、こうして気ままにブログ記事を書いたり、のんびりと自分のペースで詩歌を作ったりして過ごそうかなと考えています。