2021.01.25 アニメ・漫画にみる物語の役割

ネトフリにひぐらしの最新話がまだ来ていなかったので、「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」の3話・4話を観ました。

あなるちゃんが切なくてかわいいとか、ゆきあつくんの意外な一面とか、見所は多かったのですが、4話のめんまちゃんのお人形ごっこのワンシーンがかわいくてしょうがなかったです。

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主人にこのシーンについて「雨伽じゃん」と云われて、恥ずかしながら、アニメを観ることがひとつのセラピーになっているのかなと感じます。

うつで自己肯定感がだだ下がりで、自責感に苛まれつづけているので、アニメを観て、自分自身と重なる部分があるキャラクターを目にして、ちょっとほっとするのかもしれません。

 

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めんまちゃんはけっこう無理をして明るく振る舞っているシーンがちらほらとあって、じんたんの反応が芳しくなくて失敗して気まずくなったりする表情が本当にリアルです。

 

それが日頃憂鬱の波に呑まれそうになりながらも、主人と話す場面では努めて明るく接しようとする自分自身に重なって感じられるのかもしれないなと思います。

普段は自分のことを肯定的に捉えられなくても、アニメの中できらきらと輝くキャラクターを観ていると、「あなたのそういう部分はけっこう良いんじゃない?」「こういう一面はもっと大事にしてもいいんじゃない?」とやさしい口調で語りかけられているように感じます。

また毎日体調が悪くて困難な状況の中でもけっこう私も頑張ってるんだな、とほんの少し自己肯定感を上げてもらえている気がします。

 

前回の記事では記号的にめんまちゃんと自分自身と共通する部分があるという趣旨のことを書いたのですが、もっと近しい部分があるのかもしれません。

evie-11.hatenablog.com

 

そういう見方はアニメの鑑賞の方法としては邪道なのかもしれませんが、少なくとも物語に触れることの大切な意義のひとつは、こうしたキャラクターとの親近感を得られるかどうかにかかっていることはたしかだと思います。

物語に没入するということは、少なからずそうした性格を帯びているでしょうし、私自身もいずれまたそういう物語を紡いでいけるといいなぁと感じます。

そういう意味でもこうしてアニメをどんどん観たり、漫画を読むことは、広い意味でのセラピーになるでしょうし、同時に自分の創作にとっての学びにつながると実感しています。

 

先日、読書メーターで読友さんに『亜人ちゃんは語りたい』を勧めていただいたのも良い刺激になりました。

ここのところ男性向けコンテンツがアツいので、こうしたおすすめは本当にありがたいです。

さっそくブックオフで既刊は注文したので、今から届くのが楽しみです。

 どんな風に受容することになるのか、今は分かりませんが、できれば今後とも積極的にセラピーとして漫画やアニメをどんどん摂取していきたいと思っています。

 

追記

 今読んでいる『村上さんのところ』に次のような文章があったので付記しておきます。

村上さんのところ

村上さんのところ

  • 作者:村上 春樹
  • 発売日: 2015/07/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 僕らは何かに属していないと、うまく生きていくことができません。僕らはもちろん家族に属し、社会に属し、今という時代に属しているわけなんですが、それだけでは足りません。その「属し方」が大事なのです。その属し方を納得するために、物語が必要になってきます。物語は僕らがどのようにしてそのようなものに属しているか、なぜ属さなくてはいけなかということを、意識下でありありと疑似体験させます。そして他者との共感という作用を通して、結合部分の軋轢を緩和します。そのようにして、僕らは自分の今あるポジションに納得していけるわけです(あるいは納得できない人は納得できるポジションに向けて進んでいきます)。それが物語の持つ大事な機能のひとつであると、僕は基本的に考えています。

村上春樹村上さんのところ』新潮社、2015年、p145

 これはまさに私がこの記事で云わんとしたところだったのですが、少し自己弁護の色合いが濃くなってしまったように思われて、記事を公開してからハラハラしてしまいました。

それでも、大筋では私の考えたことは間違ってはいなかったのだと、この文章を読んで感じることができ、心から村上春樹に感謝したいです。

また今後アニメや漫画を問わず、物語に触れていく中で、この機能を意識することで、より主体的・没入的に物語の世界を味わうことができるのは、私にとってかけがえのない喜びになると思います。