2020.01.23 耽美主義俳句を掲げること

図書館で借りてきた現代俳句の世界『西東三鬼集』を読んでいる。

 

鷲巣繁男の句集『石胎』のあとがきにもその名が記されており、まさにタイムリーな一冊だ。

こちらは上の本と同じタイミングで図書館で借りて、その後献呈署名本を入手するに至った。

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四月から五月にかけて、「旗艦」の東京グループの中心であつた安住敦氏と同人の古川克己、柏原鷹一郎氏等が、「芝火」の主宰者大野我羊氏と訪れた。六月には「土上」の嶋田靑峰氏が一門の約十五名をひきつれて病院を慰問し、大講堂で病院中の俳句同好者を集めて大句會を開き、院長を中心にして記念撮影などを行なつたのも忘れ難いことであつた。一門の中には戰後に秋元不死男となつた東京三氏が居た。その年、三省堂から小型の俳句叢書が幾つかでて、それぞれ話題になつた。「旗艦」同人の片山桃史、それに「土上」の東京三、わけても「京大俳句」の山東三鬼(原文ママ)の『旗』は衝撃的であつた。

 

まだ読んでいる途中ではあるのだけれど、西東三鬼の俳句の妙味は論理の飛躍にあると感じる。まさに現代詩に通じる言語芸術としての性格を備えていて、ぜひともこちらのバージョンで句集を手に入れたい。

西東三鬼全句集 (角川ソフィア文庫)

西東三鬼全句集 (角川ソフィア文庫)

 

上の本には散文も収められているのだが、ひとまず散文は置いておいて、俳句のみを読んで返却しようと考えている。

読んでいるうちにだんだん写実的な性格が強くなってきて、俳人というものの多くがそうであるように、彼もまた非現実的な俳句から離れていってしまったのだろうかと考えてしまう。

 

私自身は俳句を詠むときに、素人なりに写実から離れたところで詠みつづけてきて、昨年で俳句を詠みはじめて5年、今年で6年目になる。

Twitterや俳句アプリ「俳句てふてふ」ではそうした作風を評価していただくこともあり、ここ数ヶ月はなかなか俳句を詠めない日々がつづいているのだが、気持ちのゆとりができればまた作句に戻りたいと思っている。

過去作はこちらからご覧になれるので、気になる方はぜひアクセスしていただきたい。

kakuyomu.jp

コロナ禍が長引く中で、かつての日常が非日常となり、非現実的な俳句を詠むという私のスタイルのあり方にも、少なからず影響は出るのだろうと思う。

 

たとえばリップを塗るのも、私にとってはもはや非日常に近い。

夕化粧というモティーフが好きで、実際に自分自身も夕化粧をすることが多く、何度か俳句にも詠みこんでいるけれど、その内容もコロナ禍に伴って変化せざるを得ない。

つまりリップを塗るということは、これまでに輪をかけて、私にとってはより特別な行為になろうとしている。

そうしたことは、おそらく日常に目を凝らせばいろいろと出てくるのだろうけれど、私はそこまで丹念に日常を俳句に詠みこみたいわけではないので、あくまでも耽美の文脈で語れることのみを描きたい。

あるいは、画廊に出かけてアンダーグラウンドなアートや球体間接人形を眺めることも、もはや非日常になってしまった。

パラボリカ・ビスは閉廊してしまったし、頼みの綱はヴァニラ画廊だが、こちらもなかなか足を運ぶことが叶わずにいる。

それは私の持病とも深く関わっているのだが、それはそれとして現実的な日常として社会的に機能していたものが機能しなくなってしまったことの意味は、計り知れないほど大きいはずだ。

平常時であれば、たとえ私が足を運べなかったとしても、他の愛好者は変わらず足を運ぶかもしれないが、今はそれすらも難しくなっている。

 

そういう状況の中で、耽美というものが単なる美意識の記号のみとしてしか機能し得なかった時代を過ぎて、今はその記号を行いによって体現することも難しくなっている。

これはやはり危機的な状況であって、さらに美というものの空洞化が進むことにもつながりかねないのではないかと思う。

時代によって美意識が変遷していくように、耽美という美の一ジャンルも変容せざるを得ない時期に来ているのかもしれないし、この先私の奉じる耽美というものは、ただの懐古に過ぎなくなっていくのかもしれない。

そうした不安に駆られてしまうことはまぎれもない事実であって、美というものの儚さを痛感せずにはいられない。

その状況の中でなお耽美を追求するということは、これからの時代に逆行することにつながりかねないし、強い覚悟が必要になるのであって、私自身が俳句を詠むことをやめない限りは、その志向性に変化はないと信じたい。