2021.01.22 30代になって文芸書と向き合うこと

虫歯を放置しつづけて数ヶ月、歯茎からも出血するようになってしまい、すわ歯周病かと恐々と歯医者に行ったら「これは虫歯でも歯周病でもなくて、よく磨けていないだけです」と、クリーニングをしてもらって帰宅して、ああ良かったと呆けながら村上春樹『職業としての小説家』を少し読み進めていた。

さて、読書状況を見てみると、現時点で15/17冊(月)、15/200冊(年)という段階で、あと2冊で今月はクリアということになる。

残り9日で、今読み止しの本が2冊あるので、ひとまずそれらを読めばクリアだ。

 

そうはいってもやはりどうしても読書ペースが落ちているし、再読本も多いし、実用書の割合も高い。

現時点で小説の占める冊数はわずか2/15冊にとどまっている。

年齢の変化に伴って、また健康状態の如何に伴って読む本に変化が生まれるのは仕方のないことなのかもしれないけれど、もう少し危機意識を持たねばと思う。

10代や20代前半の頃のように物語にハマりこむということが少なくなっていて、今はその役割を果たしているのが漫画やアニメといったサブカルチャーで、それはそれで悪いことではないけれど、やはり小説を読まねばはじまらないという気持ちもある。

 

コロナ禍で文芸書をなかなか読めなくなってしまったとか、そういう云い訳はいくらでもできるけれども、デフォルトで年中体調が悪い以上、云い訳ばかりしていてもしょうがない。読むスピードが全然足りていないのだ。

おかげでどんどん本は積み上る一方だし、すでに本棚から溢れ、部屋の半分ぐらいを本が占めている状況で、小説を読めないなどと云っている場合ではない。

とにかく片端からなんでも読めるものを読んでいかないといけない。

 

これは30歳という年齢を迎えたことのひとつの危機であって、この状況を突破しない限り、いずれ本を読めなくなってしまうかもしれない。

学生時代は浴びるように本を読んでいたけれど、30代になると、とたんに感受性が鈍ってくる。茨木のり子の「感受性くらい」にもあるように、感受性は常に磨いておかないと、だんだん鈍化していくだろう。

そのためにもどうしても物語に触れておく必要があるのだ。

漫画でもいいし、アニメでもいいけれど、私はやはり小説が好きだし、小説を書くことを志している以上は、必死になって読まねばならない。

この記事にも書いたように、物語の中では私は10代の少女でもいられるし、20代の女性でもいられる。30代という年齢の枠組みを自由に超えられるものとしての物語は、今の私にはどうしても必要なのだ。

evie-11.hatenablog.com

そしてホラーを書くという方向性を模索するためにも手は尽くさねばならない。

ぼやぼやしている暇はないし、しっかりと目的意識を持って読書に臨みたい。

 

最後に届いた本をお披露目して記事をしめくくりたい。

結婚記念日の1/21に鷲巣繁男の献呈署名本『石胎』が届いた。

f:id:evie-11:20210122180602j:plain

f:id:evie-11:20210122180611j:plain

中身はすでに図書館で借りて読んでいるけれど、この先何度も再読したいと思って購入したのだった。

署名本にそこまでこだわるタイプではないのだけれど、病気の療養をしながら句作に励んだ鷲巣の姿があとがきに記されており、自分と少なからず重なるものを感じたので、どうしても署名本が欲しかったのと、日本の古本屋でわりと安価だったために選ぶことにした。

今年はまだなかなか俳句を詠めていないけれど、なんとか心身のコンディションを整えて一句でも多くの俳句を詠みたい。

 

f:id:evie-11:20210122180621j:plain

それからこちらも以前図書館で借りて読んだ村上春樹村上さんのところ』も届いた。

コンプリート版よりは、重要なエッセンスに絞られたこちらの方が良いだろうと判断して注文した。

村上春樹のエッセイを少しずつでも読んでいきたいと思っている。

それは私にとってきっと暗闇を照らす灯台の明かりのような役割を果たしてくれるだろうと期待している。