2020.01.07 仄暗い水の底から&今後の創作の展望

 「私」物語化計画で紹介されていたのをきっかけに鈴木光司仄暗い水の底から』を読んだ。

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冒頭の三編が特に良い。

中でも「孤島」は幻想小説に近い雰囲気で魅せられた。

また「穴ぐら」はもはやホラーというよりも純文学に近い人間模様が浮き彫りになっていて、作者の作家としての手腕が際立った作品だった。

「浮遊する水」から「海に沈む森」へと水の旅が描かれていく構成もすばらしい。

この二編は子供というホラーのアイコンを扱いながらも、どこか慈愛に満ちた作者のまなざしを感じる。

薄気味悪い空気感がただよいながらも、作者の筆致は少しも揺らぐことはなく、そのなんとも云えない暗さが心地がいい。

人間の負の側面を描きつつも、露悪的な要素に傾きすぎることないバランス感が優れていると感じた。

 

ホラーを読んでいると、私自身が日々感じている不安感や不穏な感覚というものが、物語の中にきちんと組み込まれていて、そこにえも云われぬ安心感を覚える。

ホラーを遠ざけてしまっていたのは、私が怖いものが苦手だからという単純な理由が大きかったのだが、むしろその不安感を描くことがホラーを書くということそのものに直結するのなら、なかなか相性がいいのかもしれない。

たまらなく厭な予感や、人間関係から生まれる厭な空気感というのは、なるべく感じずに生きていたいと思うのだけれど、それを否応もなくセンシティブに感じてしまうのだから、そうしたものを描くことが私の見ている世界を真に描くことにつながるのだろう。

旧版「ひぐらしのなく頃に」を履修して、先日から「ひぐらしのなく頃に業」を観ているが、その厭な予感というものを感じることに一種の快感を感じるのが新鮮な驚きだった。

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私が感じている世界へのおののきと不安が、ホラーを通じて形を与えられるということは、ある種のセラピーにもなるのかもしれない。

そう気づいたのが「ひぐらしのなく頃に」と出会ってからのことで、今回はその熱を冷まさないうちにと、読み止しの本書を手に取ったのだった。

 

ところで「私」物語化計画主宰の山川健一先生とお話させていただいたところ、「(私が活動を再開して)暖かくなったら現代ホラー小説を書いてみなさい」と指導していただき、さらに「望月すみれに近寄ってはいけない」の推敲もすると良いとのアドバイスを受けたので、春になったらまずはそこから着手したい。

kakuyomu.jp

もともとこの作品は4万字程度の尺でリライトするつもりでいたのだけれど、どちらかというと人に見せたり投稿したりというよりは、個人的かつ趣味的な領域でやろうと思っていたので、先生にアドバイスをいただいて、先生にもお見せできるようなプロットを練らなければと思い直した。

今は創作を休むと決めているけれど、春になったら再開できるよう、今から少しずつでも改善点を見つけて整理をするなどしていきたい。

姉妹百合という設定はリアリティに欠けるとのご指摘をいただいたので、そこは改変を余儀なくされるだろう。宮園先輩との関係も、他の登場人物を追加することでより深めていく必要がある。

百合に寄せすぎるとまたややこしい問題も絡んでくることだし、もう少し一般的な方向に寄せつつ、それでも人間関係のもつれは描き込みたいと思っている。

そのためにも今一度プロットを整え直して、再起を図りたい。