2020.12.30 年末年始はひぐらし三昧

物語に触れるということを、これまで私は限定的に捉えていて、やはり小説を読まねばはじまらないと思っていたのですが、コロナ禍でなかなか小説を読めなくなってしまい、創作にも行き詰まりを感じていました。

そういう中で久しぶりに物語の持つ面白さというものを感じられたことにまずは感謝しつつ、「ひぐらしのなく頃に」の世界を堪能しています。

長らくアニメ・漫画・ゲーム禁止の実家で育ったので、今さらのように「もしかしてアニメや漫画やゲームってめちゃくちゃ面白いのでは??」と大学生の頃に一人暮らしをはじめた当初のような感動を感じています。

アニメ版の「ひぐらしのなく頃に業」の感想を書きたかったのですが、センシティブな内容になってしまったので、注意書きをした上で、お読みいただくかどうかの判断をお任せしたいと思います。

 

※以下の内容は、一部センシティブな内容を含んでいますのでご注意ください。

※怖い画像が出てきたり、誤解を招きかねない表現が出てきます。

 

 

コミックス版『ひぐらしのなく頃に解』を読みつつ、主人とアニメ版の「ひぐらしのなく頃に業」を観ています。

祟騙し編一話目までたどり着いて、やはりひぐらしは面白いなぁとわくわくしています。

コミックス版をほぼ履修し終えそうなので、だいたい話の顛末は分かっているのですが、それだけにアニメ版でいろんなものを裏切られるのが面白くて、夢中になっています。

ひとつひとつの要素がすべて疑わしくて、旧作の展開がわかっているからこそ疑心暗鬼になりながら観ハマってしまいます。竜騎士07さんの思うつぼですね。

 

鬼騙し編最終話のレナの狂気がほとばしった様子がひたすらかわいかったです。

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旧作はコミックス版で履修しているので、「レナがしゃべってる……! 動いてる……!」という語彙力皆無な感想を抱きつつ観ていたら、まさかの絶叫しつつ包丁でメッタ刺しというラストで、鉈から包丁に鞍替えしたことに一抹の寂しさを感じたりもしたのでした。

レナの狂気がエスカレートしていくさまがカタルシスをぐんぐん加速させて、だんだん快感になってしまうというのが恐ろしくて、似たような快感は綿騙し編の魅音ちゃんの梯子ガタガタシーンにも感じました。

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同じ言葉を延々と繰り返すというのはメンヘラの狂気が振り切れたときあるあるなので、怖いというより、言葉の意味と、正気の境界を越えてしまう時の気持ち良さを追体験することになってしまうのです。

たぶんプリミティブでシャーマニスティックなエクスタシーと紙一重なのだろうなと。

ひぐらしという作品そのものがそうした野蛮なエクスタシーと不可分なところで成り立っている作品なので、その境界線を自覚しておかないと、狂気に呑まれて危ういところまで行ってしまいかねないのだと思います。

未成年にはあんまり観てほしくないアニメだなぁ……と。旧作は放送自粛もありましたしね。

一番病んでいた大学生の頃にひぐらしのすべてに触れていなくて良かったねと主人に云われたのは本当に一理も二理もあるなと思います。

 

大事なことは、そうしたシャーマニスティックなエクスタシーが女の子たちのキャラクターと結びついているということで、まさに柳田國男の『妹の力』そのものなんですよね。 

妹の力 (角川ソフィア文庫)

妹の力 (角川ソフィア文庫)

  • 作者:柳田 国男
  • 発売日: 2013/07/25
  • メディア: 文庫
 

この機会に再読してもいいなぁとぼんやり思います。
今のところ圭一は一度も死んでいないので、ある意味旧作よりもよりいっそうこの『妹の力』に沿う形で、物語のコアとなる「女性の持つシャーマニスティックな一面」というのが表れているのではないかなと感じます。

だから私は『ひぐらしのなく頃に』という物語にここまで魅せられてしまうのだなと思います。

シャーマニズムに関しては、学生時代にいろいろと本を読みましたが、佐々木宏幹さんの『シャーマニズムの世界』、斎藤英喜先生も加わっておられる『シャーマニズムの文化学』は大変面白かったです。

 

 こちらも再読する機会があればいいなと思います。

 

月初から読んでいるコミックス版の方も佳境に入ってきたのですが、やはり物足りないのは、今読んでいる『ひぐらしのなく頃に解』の祭囃し編で、不可知なものや恐怖をひとりの人間に集約させてしまったというところに物足りなさがあるのだろうなと感じます。

 物語の構造上、ホラーにおける恐怖を、人間という主軸に置くことはどうしても避けられないのだとは思いますが、どうしても話が小さくまとまってしまっています。

 

やはり『鬼隠し編/罪滅し編』『綿流し編/目明し編』のようなスケールの大きさと、「仲間を信じる」というメインテーマとしての思想の貫徹、物語の構造のバランスの良さというものに比すれば、やや劣るのかなと感じてしまうのは否めません。

 コミックス版がどこに着地するのかはまだ見えませんが、目指す方向はおそらく予想しているところに落ち着き、広げた大風呂敷も収まるのかなと思うので、あとはそこに行きつくまでにどのような展開を見せるかというところですね。

新アニメ版もおそらくヒール役は変わらないと思いますが、そのヒール役の正体に行きつくまでが楽しみになりそうです。