佐藤弓生『世界が海におおわれるまで』

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美しい地獄と思う億年の季節を崩れつづけて月は
が一等好きだった。
女性的で、幻想文学を彷彿とさせる、美しい短歌の数々に魅せられた。
耽美なのだけど、余白を感じさせる歌いぶりで、言葉がすうっと心に入って消えてゆくのが心地いい。
横山未来子を思わせる歌風だなと思ったら、あとがきにその名があって納得した。
実は主人が横山未来子の短歌が好きで、以前歌集を贈ってくれたことがある。
この歌集が主人の好みに合うかはわからないが、貸して読んでもらうのも面白いかもしれない。
 
ただ、読んでいて少々物足りなさを感じたのもたしかだった。
私の好みから云えば、もう少しぎゅっと言葉が詰まったものの方が好きだ。
例えるならば塚本邦雄、葛原妙子、川野芽生、といった系譜に連なる、ゴシック建築のように濃密な歌の方が好ましいと感じる。
 

とはいえ、自分の身に近づけて考えてみると、短歌が余白を必要とするのは明白なことで、私はその余白を作るということに根っから向いていない。

短歌を詠むことよりも、結局は俳句に戻ってきてしまうのは、五七五という十七字の中に世界を濃縮させることに少なからずフェティシズムを感じるからで、短歌ではその効果を演出するのがなかなか難しい。

これはひとえに私が下手だからだろうが、それ以上に短歌というものの型、それ以前の和歌というものの型が余白や余韻を求めるからなのだろう。

俳句には俳句で俳味や軽みというものが求められるけども、私はあくまでも前衛的な俳句が好みなので、この点は一切顧みない。

とはいえこうしてさまざまな詩歌に触れることで、自分の立ち位置がだんだん見えてくる気がする。

短歌にしても上に書いた三名の系譜に連なるものを生み出したいと思うし、体調の波をなんとかやり過ごしながら句作、作歌に励んでいきたい。

 

カクヨムで公開している句集と歌集も併せて載せておく。

kakuyomu.jp

 

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ありがたいことに、先日詩歌にお詳しいフォロワーさんから評価のお言葉をいただくことができ、それが後押しとなって、俳句四季新人賞に拙句を応募することにした。

evie-11.hatenablog.com

どの程度のところまでいけるかは分からないが、ひとまず来夏の結果を待ちたい。