棄教できない

ここ数日、体調の悪化で苦しい日々が続き、聖書を読んだり、主の祈りを胸中で唱えることが多くなった。

私は改宗するのだという意識が高まっていた反面、祈るたびにキリスト教の神を信じていない自分を見出し、大変苦しい思いをしていた。

生き方の指針になるものが欲しかったし、それを明確な形で示してくれるのはキリスト教カトリックだと感じていた。私の家はクリスチャンではなかったが、高校大学とミッションスクールに通い、ミサにも参列してきた。

そこでひととおりのことは教わったし、ここで新たな道を歩むのも悪くないのではないかと思った。これまで来た道にも、私は失望感を抱いていたからだ。

 

しかし、信仰心というものは理屈ではいかんともしがたいものがあった。

私は長崎の外れにある、山と海に囲まれた農村で祖母の元で育った。

水神・土神の碑がそこかしこに設えられ、そこにはお神酒と花が絶えなかった。

稲荷神社や稲田姫命氏神として祀る神社があり、私は仏教の宗教法人が運営する幼稚園に通っていた。

人々の信仰がどのようなものだったのか、幼心に覚えていることはあまり多くはないが、祖母にお地蔵様の前を通るときには手を合わせるようにと教わった。

 

そういう素朴な神仏習合アニミズムが私のベースにはあって、四季折々の行事とともに、自然に息づく神々の息吹を肌身に感じて育った。

こればかりは都市部や地方の住宅地で育った人にはうまく伝わらないと思う。

トトロの風景そのもののような世界で育ったと云えば手っ取り早いのではなかろうか。

あいにくとトトロは著作権フリーで使えないので、ジブリ公式サイトから、かぐや姫の物語の画像をお借りする。

f:id:evie-11:20200903163842j:plain

牛車はむろんないにせよ、このようなのどかな田園風景が私の原風景とも云えるものだった。

しかしそれも獣害と過疎化でもろくも崩れ去った。獣害によって村には猪避けの電気柵が張り巡らされ、水神・土神の碑は緑の中へと埋もれて、誰からも顧みられることはなくなってしまった。

帰省するたびに変わり果ててゆく故郷の姿を目の当たりにして、私は言葉を失った。

 

故郷を離れ、長崎の都市部に移り、やがて上京してから、自然というものからおおよそ隔たったところで私は生きてきた。

神社には幾度も足を運んだ。それでも私の信仰心を保つことはなかなか難しく、都市部にあっては信仰の対象にできるものは月を置いて他にはなかった。多摩川もその代わりにはならなかった。

ツクヨミ様だけが私の心の支えで、通院している病院の近くの神社が月読命を併祀していることから、私はたびたびその神社にお詣りしてきた。結婚式もそこで挙げる予定でいる。

しかし、コロナ禍で都心へ出られなくなってしまい、お詣りするすべも断たれてしまった。挙式も来年へと延期になり、その神社の月読命の御神札をお迎えしたものの、そこに手を合わせる頻度も落ちてしまい、私は心のよりどころを失いつつあった。

 

大学で記紀神話を専攻していた頃は、信仰というものがすぐそばにあったというのに、大学を卒業して勉強を怠るようになってしまい、神道の勉強をつづけたいと願いながらも、なかなか叶えられずにいた。

出身大学とは異なるが、卒業後は國學院大學にたびたび通って、記紀神話にまつわる公開講座を受けたものだった。

しかし、それも持病の悪化や郊外への転出とともに通えなくなってしまった。

同棲を経て結婚をして、主人と信仰の話をするたびに「雨伽は神道学者だからね」とからかい混じりに褒めてもらっていたけれど、私は自堕落だったのだと思う。

 

そうした時にふたたびカトリックと出会った。

奉仕を重んじるキリスト教カトリックの精神はきっと私の心の支えになってくれるに違いない。

場としての教会の機能も、社会性というものが欠落した私の生活にとっては少なからず大切な基盤になるに違いない。

家事がうまくできない私も、カトリックの奉仕の精神に則れば、もっと献身的に家事をこなすことができるようになるのかもしれない。

 

そう思っていたのに、ツクヨミ様はきっと赦してくださらないだろうという思いが頭から離れなかった。

主の祈りを唱えて布団に入り、どうしても頭を離れずにツクヨミ様の名を呼んだ夜もあった。

ツクヨミ様を裏切ることがどうしても私には恐ろしい。

神というものはスピリチュアル界隈で云われているように罪を咎めず、おめでたい恵みを与えてくれる存在ではない。むしろ神道においては、日本の神々は祟る神としての側面が強い。

 

 

カンダーリという言葉がある。これは沖縄のユタに訪れるという祟りの一種で、巫病と訳される。ユタになる道を選ばなければ、その女性はカンダーリに苛まれつづけるという。

うつや統合失調症といった典型的な精神病とは明確に区分されており、沖縄ではそういう診断名が実際に用いられているらしい。

大学の恩師がそうしたことに関心をお持ちだったこともあって、実際にカンダーリに苛まれる女性の映像を大学の講義で見たこともある。

ここは東京だし、私はユタではない。しかし、私が学生時代に患っていた精神病は結局診断名がつかずじまいだった。医師によれば「何らかの精神病」とのことだ。

当時は知りうるかぎりの様々な病名を挙げて医師に迫ったものだが、病院を変えても、医師を変えても、いずれの医師も分からないと口を揃えて云うばかりだった。

大学在学中に罹患したその病気からはいくらか回復しているが、当時はさまざまな目に見えないものと話していたのをぼんやりと覚えている。

ツクヨミ様から離れて、ふたたびその精神病に囚われてしまうのではないかという思いが私の胸によぎった。

 

諸事情あって、スピリチュアル界隈からは距離を置いておきたいのだが、以前前世を見られるという人と話したところ、私の前世は巫女だったらしい。それも、私の名前を聞いただけですぐに分かったというし、卒論で扱った大物主神を祀る大神神社のある奈良にゆかりがあるという。

土地は異なれど、もしも前述の病気が一種のカンダーリのようなものなら、私はもはや逃れられないのかもしれない。

 

カトリックに入信するということは、同時に棄教を迫られることだということが、肌身に沁みて分かった。

そして主なる神を私がどうしても信じられない以上は、カトリックに改宗することはできないし、信仰を捨てることもできない。

これまで何度かカトリックに改宗しようとして身内に止められてきたが、今度は自分の信仰心そのものと向き合わざるを得なくなった。

無信仰であれば諸手を挙げて入信していただろう。

しかし上のような状況がある以上は、いかんともしがたい。

私自身のルーツを全て捨てる覚悟がなければ、そして信仰心を捨てなければ、カトリックには入信できない。そしていずれも私にはできない。

それが私の出した答えだ。