創作をお休みした一週間後の感想

先月29日から創作をお休みして、一週間が経ちました。

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この間体調が良くなったかというと、まったく良くならず、おまけに虚無感がいや増すばかりで、「小説なんて書かない方が幸せだ」と深夜にTwitterに投稿して消したことを思い出し、そのときの私を勢いをつけて殴りたい程度には不幸せです。

この間いろいろなことがありました。詳しくは言及しませんが、どれも私にとっては良くない出来事で、精神的なストレスは増すばかりで、その捌け口がどこにもないという状況でした。

 

創作をやめたり休んだりすると、私は私として誇りを持って生きられないのだと気づきました。

30年近く生きて、そのうちの25年間小説を書いてきて、やめられるものならとうにやめてるわけです。

やめる機会なんておそらくいくらでもありましたし、この間様々な人と出会い、彼ら彼女らがそれぞれの創作から離れていくのを目の当たりにしてきました。

そうしたことは何度かエッセイに書いています。

kakuyomu.jp

 

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そうした彼らを惜しむのではなく、むしろ筆を折った彼らの列に連なってもいいのではないかという思いも頭をよぎりました。それがまっとうな生き方なのではないかと感じたのです。

日々地道に生活を営み、周りの人々を大切にして、あるいは仕事に励んで生きている彼らの姿は、私にとってとても尊く見えたのでした。

 

それでもどうしても虚無感を埋められないのです。

別垢の専業主婦ブログを書いていればいくらか気も紛れるのだろうかと思ったものの、一向に気は晴れません。

小説を書いていないと、私は心の底から満たされることはないのだと今改めて気づきました。

このようになってしまった以上は、腹を括るしかありません。

 

実を云うと、秋に複数の公募に投稿したものの、いずれも芽がなさそうに思えてきたのも、創作を休みたいと思った要因のひとつです。

これに関しては自分の小説が拙いということも第一に挙げられますが、応募先の公募とのマッチングがうまくいっていなかったという反省もあります。

それは結果が分かり次第、また追々まとめたいと思います。

それでも、たとえまったく芽がなかったとしても、書きつづけるしか自分の心を満たすすべがないのだとしたら、結果はどうであれ書くほかないのです。

今一度原点に立ち返って、改めて自分の創作としっかり向き合いたいと思います。

 

詩歌に関しても、趣味でつづけていくのか、それとも投稿を試みるのか、よく考えなくてはなりません。

投稿するとなると片手間でというわけにはいかないので、趣味でつづけることになりそうですが、その先にある「形」が欲しいなと思います。

いずれまた同人誌にすることができればと願っていますが、諸事情もあるので、なかなかすぐには難しいかもしれません。

ひとまず詩作も作句も作歌も細々とでもつづけていけるよう、励みたいと思います。

ちなみに詩に関しては電子書籍を作りましたので、ぜひご覧いただければと思います。

挽歌-elegy-

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