新たな旅へ

小説に着手しようと構想を練るたびに心身の調子を著しく崩し、このまま一生小説を書けないのではないかと思い悩んでいましたが、元来脳筋なので、とにかく書くだけ書いてみようと思い立って書くことにしました。

こちらの作品のリメイクになります。

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kakuyomu.jp

もともとはホラーを書くつもりだったのですが、書きはじめてみると「あれ……ホラーじゃないよな、これ」という状況になりました。

とにかくジャンルはなんであれ、リメイクを書かなければならないという自発的で切実な事情があるので、何はともあれ書きます。どちらかというとエンタメ現代小説寄りかもしれません。

舞台も東京から出身地の長崎に変更しました。これはその方が自分に近しいところで書けるかなと感じたためです。商業雑誌『文芸ラジオ2』に寄稿させていただいた「雪花物語」とは違って方言は出てきませんが、やはりここでもミッションスクールを描きたいなと思い立って選ぶことにしました。

東京にもミッションスクールはありますが、やはり長崎と東京ではだいぶ毛色が変わりますし、そこに生きる人々の意識も全く違います。私が描けるのは長崎の女子高校生で、東京の女子高校生は描けないだろうなという前提に立っています。

 

ホラーから少し離れたいと思ったきっかけはいくつかあるのですが、ここ数ヶ月ずっと思い悩んできて創作そのものに行き詰まりを感じたことと、5分で読書短編小説コンテストでの落選がきっかけになりました。

結局自分の納得できる形でしか小説を書けないので、ひとまず完成を目指して、毎日少しでも書いていければと思います。

時間としても、体力的にも、一日千字ペースというのがちょうどいいようなので、毎日千字程度書き足していきたいです。

新人賞に投稿するかどうかは現時点ではまったくの白紙ですし、エンタメ系はなかなかハードルが高いと思っているので、まずは完成させることだけを目標に、あまり背伸びしすぎずに書いていきたいです。

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こちらの記事にも書いたように、私は結局救済の物語を書きたいのだなという軸があって、そこだけは決してブレないので、それに従って物語を作っていきたいと思っています。

時間はかかるかもしれませんが、それでも焦りすぎずに書きつづけていきたいです。

俳誌を買うこと、俳句を読むこと、選ぶこと

 

俳誌を買うこと

時々、気が向いた時に俳誌を買って読んでいる。

買うのはもっぱら『角川俳句』で、なんとなく元気のないときに手に取って読むと、心のなぐさめになったり、俳句を詠むモチベーションをもらうきっかけになっている。

ここしばらく買っていなかったのだが、また俳句を詠みたいという思いもあって、今月号は買いたい。

俳句 2021年3月号 [雑誌] 雑誌『俳句』
 

私はもっぱらアマチュアとしてひとりで俳句を詠んでいて、座の文芸たる俳句の妙味はよくわからないし、どちらかというと耽美的な俳句が好きで、俳味のなんたるかもわきまえていない。

そういう人間が俳句をやってみようと思うこと自体、本来間違っているのかもしれないけれど、アマチュアなのだから自分の好きなように詠もうと思って、これまで俳句を詠んできた。

型の芸術の型をわきまえずに詠んでいるという負い目はあるし、もっと謙虚に学んでいかねばならないとも思う。しかしどうしても関心を持てない。

『角川俳句』はそうした私の姿勢を正す節があるのだろうなと思って手に取ったのだが、現代ではもはや前衛も後衛も混ざり合っていて、いろんなバリエーションがあるということを実感するに至った。

私の俳句も、もしかしたらこの世のどこかに居場所があるのかもしれない。

そういう心のなぐさめを見出すために『角川俳句』を読んでいるという一面はある。

しかし他方では、それだけにとどまらずに、現代俳句の可能性が開かれていることを知るために読んでいるという節もある。

自分の知らない、もっと広い世界を見てみたい。

そのわくわくと心を刺激されるような楽しみが俳誌にはある。

 

俳句を読むこと、選ぶこと

以前、『角川俳句』に「俳句のカラオケ化」という辛口な論評が出ていた。

俳句を読むことなく詠んでいる人間への批判を述べたものだが、これはなかなか私の心に深く突き刺さった。

まだまだ読む量が足りていないことは痛感していて、詩歌に関してはもっと量をこなさなければならないという思いがある。

しかし自分の胸の内で思っているだけでは、ふとしたときに忘れてしまったり、「これはとっておきだから、よほど参っているときに読もう」と、読むのがもったいなくて積みっぱなしにしてしまう。

そういう時に他者の言葉が背中を押してくれると、ようやく背筋を伸ばさねばという思いに駆られる。

ひとまず『角川俳句』に加えて、『富澤赤黄男 高屋窓秋 渡辺白泉集』と『西東三鬼集』は買わねばと思う。

 後者に関しては図書館で借りたのだが、これは手元に置いておかねばという思いに至った。角川文庫版の全句集を買ってもいいのだが、私のような素人は全句集に触れるよりも、重要なエッセンスを抜き出した本を読んだ方がいいのかもしれない。

なにより、すでにこの朝日文庫の『橋本多佳子 三橋鷹女』集を持っているので、三冊揃えると見栄えもそこそこ良いのではないだろうかという思いもある。

もちろんハードカバーの句集に比べれば見劣りはするけれど、さほど知識があるわけでもないし、素人目に見て句集の中から佳句を選べるとは思えない。ここは知見のある編者の力を借りたい。

 

著者の人となりを知るには複数の著作に触れることが肝要だということは先日記事に書いた。

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しかし同時に編集・編纂の力を軽んじるわけにはいかない。

本が編まれるということそのものに専門家の知見が生かされ、俳句の場合は、選句そのものが俳句を見る目の良し悪しに左右されることを考えると、決して無下にはできない。

特に私の場合は全くの素人なので、できるだけその道の知見を持った人の力を借りることは大事なのかもしれない。

そうして選び抜かれたものに触れることも、多くの著作に触れるということ以前の段階では特に重要になってくるのだろうと思う。

たとえば万葉集に触れようとするときに、はじめから万葉集をすべて通読するよりも、やはり中西進先生の『万葉の秀歌』を読んで、歌の良し悪しについて考えを巡らせることも、ひとつの勉強になるのではないだろうか。

少なくとも私はそうして万葉集に触れたし、新古今和歌集百人一首では白洲正子の透徹した審美眼のお世話になった。

万葉の秀歌 (ちくま学芸文庫)

万葉の秀歌 (ちくま学芸文庫)

  • 作者:中西 進
  • 発売日: 2012/07/01
  • メディア: 文庫
 
花にもの思う春 (平凡社ライブラリー)

花にもの思う春 (平凡社ライブラリー)

  • 作者:白洲 正子
  • 発売日: 1997/07/14
  • メディア: 文庫
 
私の百人一首 (新潮文庫)

私の百人一首 (新潮文庫)

 

 そうして先達の力を借りながら、たとえ俳句の型を徹底して守らないにしても、できるだけ学ぶことに関しては謙虚な姿勢で臨みたい。

そうして詩歌に触れる地力をつけていくことが、おそらく詩歌を作る上でも大きな役割を果たすのだろうと思う。

こうして古典の詩歌にもしっかり触れながら、現代の詩歌についてももっと貪欲な気持ちで学んでゆきたい。

人となりの総体としての読書の役割

ここのところ本を読んでいて、著者の姿勢に違和感を感じるということが何度かあって、自分の感じ方や本の読み方が良くないのではないかと少し思い悩んでいました。

このことについて具体的に掘り下げて書いてみたいと思います。

 

最近、一田憲子さんの『日常は5ミリずつの成長でできている』を読みました。

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「北欧、暮らしの道具店」でたびたびエッセイや動画を拝見して、すっかり一田さんのファンになってしまい、とても期待しながら読みました。

 

 

 

  

ところが本の内容は残念ながら私の楽しみにしていた内容からは少し外れていて、一田さんが外の情報に触れて気づいたことや発見したことを綴ったものが多く、彼女自身のオリジナリティがあまり感じられませんでした。

私としては、一田さんが自らのことを自らの気づきを元に発信する言葉を期待していたのです。

編集者としての気質がそのような語り口を生むのかもしれないと思いつつ、やはり彼女自身の言葉をもっと読みたかったなという思いに駆られました。

 

しかしそのようなことを感じるのも、前もって一田さんの発信するご自身の言葉に触れていたからこそなのです。

もしもこの本一冊だけを読んでいたら、そういうことは考えなかったかもしれません。

複数の著作やその人の情報に触れてようやく分かることがあるのです。

少々残念な気持ちになりましたが、一冊読んだだけではやはりその人の人となりを知るには不十分なのだなということも実感しました。

 

同じことは美術キュレーターでライターの橋本麻里さんにも云えることで、私はNHKテキストの『趣味どきっ! 本の道しるべ』というムック本を買って読みました。

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しかしこちらも橋本さんの、本好きにはたまらない、修道院の図書室のようなお宅のお写真に惹かれる反面、紹介されている本が少なく、また特にご専門の美術関係の本が少なくて、なんだか物足りなく感じました。

ところが先日買った『芸術新潮2月号 愛でたい読書』には、橋本さんおすすめの美術書がぎゅっと詰まって紹介されていました。

読みたい本がどんどん出てきて、読み終えてさっそく読書メーターに登録をしました。

やはりこちらも一冊だけを読んでいたのでは、橋本さんの本領発揮を窺い知ることはできなかったと思います。

どうしても雑誌という媒体の特性上、ご本人の魅力が薄まってしまうのはいかんともしがたいのですが、それでも複数の本に触れることの大切さをここでも改めて感じました。

 

これまでそうしたことは近代文学の場でも個人的に行っていて、萩原朔太郎の詩と再会したときには、図書館へ行って全集本をチェックしたり、弟子の三好達治の朔太郎に関する評論を読んだり、青空文庫で随筆も読むなど、できるだけ幅広く彼の著作に触れるようにしていました。 

evie-11.hatenablog.com

読書にそういう幅を持たせることは、大学を出て自分で学んでいかねばならないという今の状況において、ますます重要性を増していると感じます。

私は文学を専門的に学んだわけではないので、できることも到達できる地点もやはり限られてしまいますが、それでも自分にできることとして、一冊きりでその人のことをあれこれと論じてもあまり意味がないなということは肝に銘じたいところです。

 

村上春樹も『職業としての小説家』の中で、人を観察することに関して判断を保留し、その人の総体をできるだけ自分の中に保存しておくことの大切さを説いていますが、本でもまったく同じことが云えるのだろうなと思います。

職業としての小説家 (新潮文庫)

職業としての小説家 (新潮文庫)

 

 今後ともこの点に留意しつつ、一冊読んで合わないからやめるのではなく、できるだけ幅広く読むことを心がけようと思います。

すべての著者にそのようなことができるわけではありませんが、少なくとも自分が何らかの違和感を持つということは、翻して云えば、その人に多少なりとも興味や関心を持っているということなのでしょう。

そこからさらにその人の人となりを知るということは、リアルの人間関係でも、あるいは本という媒体を通してでも、あまり変わらないのだと思います。

単にその著者が好きだから多くの著作を読むことから見ると、ちょっとひねくれた方法かもしれませんが、それでも一冊きりで判断を下さないということはこれからも心がけておきたいです。

アナログノート熱、再燃。

はじめに

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この記事を書いて二ヶ月ほど経つ。

この間少しアナログノートから離れていたのだが、夜間にPCでネットサーフィンをしたり、瞬間日記を起動して日記をアプリで書いていると体調を崩しやすいということに気づいたので、夜間だけでもアナログノートに書き込んでみようと思い立って再スタートを切った。

お手本にしているのはこちらの本の「すべての情報を一冊にまとめる」という方法だ。

情報は1冊のノートにまとめなさい[完全版]
 

 分冊できちんと整理ができるほどマメな性格ではないし、デコレーションにもあまり興味がないので、もっぱらこの方法でノートを使っている。

 

良かったことリスト

効果はなかなかのもので、その日の良かったことをいくつでも挙げてみようと一日の終わりに書いてみると、夜中の不全感もいくらか解消できたように思う。

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好きなように書くと決めているので、ワンポイントでデコレーションをしたり、余白に落書きを描き込んだりして楽しんでいる。

 

読書メモ

引用
孤独であるためのレッスン (NHKブックス)

孤独であるためのレッスン (NHKブックス)

  • 作者:諸富 祥彦
  • 発売日: 2001/10/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

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日常は5ミリずつの成長でできている

日常は5ミリずつの成長でできている

  • 作者:一田 憲子
  • 発売日: 2021/01/27
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

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何かと億劫になりがちなので、本のメモはほぼ引用に留めている。

その他には領収書や本の帯を貼ったりすることで読了メモの代わりにしている。

 

読書メーターと併用する

読書記録に関しては読書メーターを運用しているので、そちらに依存する部分が大きいのだ。

bookmeter.com

本の冊数のカウントなど、紙だけで行うとどうしてもミスカウントが出そうだし、今年は200冊読むと目標を決めているので、ミスカウントは極力避けたい。

また読書メーターは今月分と先月分の読書量も提示してくれるのでペースを一定に保ちやすい。

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ひと月に17冊程度読めば年間200冊読むことは可能だが、貯金は作っておくに越したことはない。

今のところ良いペースで読めているので、今後とも読書に励んでいきたい。

 

読書会メモ

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本日の主人との『老子』読書会に備えてメモを用意した。

テキストはこちら。

老子 (中公文庫)

老子 (中公文庫)

  • 発売日: 1997/03/01
  • メディア: 文庫
 

 読書会は定期的に行っているわけではないし、これまでは別途読書会用のノートを用意していたが、『情報は1冊のノートにまとめなさい』に則って、これも一冊のノートに収めることにした。

漢籍に触れるのは久方ぶりで、ましてや古代中国思想となると、ほとんど専門外に等しいために素朴な疑問が何かと多い。

以前主人に勧められて、ハーバード大学の東洋哲学の講座の本を読んだが、老子荘子に関しては少し分かりづらかった記憶がある。

 主人は大学院で漢文を専攻していた人なので、色々と疑問をぶつけることも重要かと思って、できるだけ質問を用意することを心がけた。

 

お楽しみ

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トップページには先日予約購入したカファレルのホワイトデー限定缶を配置した。

少し立ち止まって考えようと思ったのだが、即完売のちに若干数入荷したとのことで即決せざるを得なかった。

きっとディスプレイスペースに飾ったら映えるだろうなと思うので、今から届くのが楽しみだ。

 

 雑誌はなかなか切り抜けないけれども、ルピシアの広報誌なら抵抗感なく切り抜ける。そういうわけで気になったものを切り抜いて貼った。 

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こうした自由度が高いのがこの方法の良いところで、とにかくなんでも一冊のノートに入れてしまう。

自分が気になると思ったものや、いいなと思ったものがいずれこうしたブログなどのアウトプットの場に役立つというのが『情報は1冊のノートにまとめなさい』という本の論旨で、それはライフログそのものへとつながっていく。

この場合は春の紅茶のギフトやお菓子を貼ることで、季節感を演出するのにも一役買っているのだろう。

思わぬ形で何気なく貼ったものが有効活用されるのは、やはりうれしい。

 

おわりに

思いもがけずにアナログノートをふたたび利用することになったが、アナログにはアナログの良さが、デジタルにはデジタルの良さがある。

アナログノートはデジタルと同じように気軽に写真を貼れない分、紙ものの重要性が増したと感じる。

領収書は捨てずに取っておいて貼るようにしているし、本の帯はこれまでは本に巻いたままだったが、残しておきたいものを除いて躊躇なくノートに貼るようになった。

そうして少しずつ自分の一冊のノートが完成されていく様を見守るのは楽しい。

今後ともまだまだ改良の余地があると思うので、手帖術などの本も積極的に読みながら学んでいきたい。

推し活で変わっていくことをポジティブに捉える

お題「#この1年の変化

ここ一年ほど、関わっていた友人たちに変化が生まれて、どんどん距離が開いていっている気がしてとても悩んでいたのですが、ふと「私自身も二年前とは変わっているのではないだろうか」と思い至って、それからふっと気持ちが楽になりました。

私は変化が苦手で、引っ越しや結婚、コロナ禍などの大きな変化はもちろん、ちょっとした出来事がいつもと違うだけでナーバスになってしまうのです。

たとえば主人がいつもは饒舌なのに、ちょっとお疲れモードで口数が少ないと、それだけですごく心配したり、傷ついたりしてしまいます。

これは発達障害とも大きく関わっているのだと思いますが、とにかく変化に弱いのです。

 

それでもよくよく考えてみると、結婚をして自分自身が変わった部分もあって、さらに去年と今ではTwitterをやめたり、スピンバイクで運動をはじめたり、ひとりでいる時間をもっと充実させられるようになったり、ClariSと出会ったりと、さまざまな変化があったなと感じます。

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中には創作に行き詰まってナーバスになっている期間が未だにつづいていたりと、変化のネガティブな部分に目を向けてしまいがちなのですが、ポジティブな変化をもっと評価してもいいのかなと思います。

そしてポジティブな変化にはあまり気づけずにいたなということを感じます。

 

中でもClariSと出会えたことは本当に大きかったなと思います。

夜中、つらい想いをしているときに「CheerS」を聴くと元気をもらえて、クララちゃんの「泣かないよ」を聴いていると、それだけで愛おしさがこみ上げますし、「ひらひら ひらら」を聴いて癒されることもあります。

泣かないよ

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CheerS

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ひらひら ひらら

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ClariSのふたりは本当にピュアな子たちなんだろうなということが歌からも伝わってきて、そんなふたりの歌声に自分の中の純粋さや素直さを引き出してもらえている気がして、聴いているだけでとても幸せな気持ちになります。

普段はapple musicで曲を聴いているのですが、このたび『リスアニ!』のClariS特集号を予約してお迎えしました。

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クララちゃんとカレンちゃんの素顔がたくさん載っていて、まだハマって日が浅い私のようなファンにもとてもうれしい仕様になっています。

本当にふたりともかわいらしくて、私の推しはクララちゃんなのですが、カレンちゃんがClariSとして加入して並々ならぬ努力をしてきたことが伺えて、カレンちゃんのことももっと好きになれました。

 

ライブフォトブックも今春発売とのことで、今から楽しみです。

ちなみにライブの様子はこのリスアニ! にもたくさん載っていました。

いつかライブにも行けたらいいなぁと思うのですが、持病もあり、なかなか叶いそうにないので、せめてCDとフォトブック、youtubeの公式チャンネル動画で雰囲気だけでも味わえればいいかなと思います。 

 

先日は「Fight!!」も発売されましたが、新曲では「恋待かぐや」がとても好きです。

恋待かぐや

恋待かぐや

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ClariSの和風曲は「ひらひら ひらら」「treasure」「HANABI」などなど、いずれも好みのものばかりなので、新しい和風曲が発表されたのが本当にうれしいです。

ClariS推し曲のプレイリストを作っているのですが、その中にもぜひ入れたい一曲です。

もちろん「Fight!!」も今ちょうどこんな風に励みになる曲が欲しかった……! と思っていたところだったのでヘビロテしたいです。

 

こんな風に好きなものに夢中になるということが昨年一年はほとんどなくて、苦しい想いばかりしていたので、変化をもっとポジティブに捉えて、これからも前を向いていきたいなと今は素直に感じます。

アニメにハマったり、アイドルにハマったりと、30代になってこんなに生きるのが楽しいと思えるようになるなんて思わなかったので、あんまり未来に対して悲観的になるのはやめたいです。

たとえ自分を取り巻く状況は良くなくて、自分の心身の体調も悪かったとしても、それでも希望を捨てずにいたいと思います。

ゾンビランドサガを観て創作のモチベーションを奮い立たせたこと

主人が観たがっていたこともあり、ネトフリでゾンビランドサガを完走しました。

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終始ハイテンションながらも、キャラクターの掘り下げもしっかりなされていて、毎回楽しく鑑賞しました。

紺野純子ちゃんが最推しで、水野愛ちゃんとのコンビが好きです。

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終盤のさくらちゃんのバックグラウンドが明らかになっていく展開で、愛ちゃんが

私は失敗したり後悔することを

全然ダメだと思わない

そういうの全部踏み越えた先に誰にも負けない私がいるって思うから!

 という台詞を放って、いたく感銘を受けました。

 

小説に向き合うことがどうしても難しくなって、詩歌も耽美主義という型から脱しようと模索をつづけていて、「本当に何も形にならないなぁ」とがっかりしていましたが、ゾンビランドサガを観ていると「発展途上ってこんなに面白いのか!」という発見がありました。

発展途上だからまだまだ上を目指せる。失敗をしても挫けずに前へと進んでいく。

その姿に大きな勇気と感動をいただきました。

そうした彼女たちの姿勢がにじみ出た曲である「ヨミガエレ」を何度もリピートしています。

ヨミガエレ

ヨミガエレ

  • フランシュシュ
  • アニメ
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

music.apple.com

私はホラーを書くことから逃げていましたし、詩歌も勉強不足であるのをずっと負い目に感じていました。

気持ちが挫けそうになって、自分の実力の限界に心が折れそうになっていました。

それでも創作は本来、青天井みたいなもので、どこまで行っても限りはありません。

その恐ろしさの前に立ちすくみそうになっていましたが、逆に云えば可能性はいくらでもあるということになります。

ホラーを書くことに対してネガティブな想いを払拭できなかったり、耽美主義から離れて新たな創作の型を模索しようとしていることに対して、不安に想う気持ちが強かったのですが、新たな可能性を探っていなければ次のステップへ行くことはできません。

ここで屈するか、それとも前に進むのか。

その二択が今私の目の前に立ちはだかっているのだと思います。

 

詩に関して云えば、前衛芸術という側面を捉えてみても、ひとつのところにとどまってはいられません。

たとえ失敗したとしても、中途半端に新しい方向性を探ってモノにならなくても、それでも挑戦をつづけなければ、詩は停滞して力を失ってしまいます。

たとえばかつて私は萩原朔太郎の詩を読んで、その作風の変化と衰微を目の当たりにして、「初期の方がいいのだから、初期のままつづけていれば良かったのに」と思わずにはいられませんでした。

 しかしどうしてもそういうわけにはいかないのだということが、今回身にしみてわかったのです。

たとえ初期の方が良いと評価されるにしても、それでも変化を求めつづけなければ、萩原朔太郎という人が詩作をつづけることはなかったのでしょうし、時代や環境の変化に伴って作風が変わってしまうことを、私はあまりにもネガティブに捉えすぎていたのだと気づきました。

 

そして小説もまた同じことが云えるのだろうと思います。

村上春樹も職業としての小説家の中で次のように述べています。

職業としての小説家 (新潮文庫)

職業としての小説家 (新潮文庫)

 

 そして小説家にとって「落ち着くべき場所にすんなり落ち着く」というのは、率直に言わせいただければ、「創造力が減退する」のとほとんど同義なのです。小説家はある種の魚と同じです。水中で常に前に向かって移動していなければ、死んでしまいます。

 ホラーを書くということが、私にとっては青天の霹靂だったので、うまく状況を飲みこめずにいたのですが、今はこれも新たな変化だと思って、きちんと地に足つけて向き合おうと思います。

その結果うまくいかなかったとしても、挑戦をすることそのものに意味があるのだと今ようやく実感できました。

 

体調の悪化もあって、小説を今すぐ書くということはなかなか難しいですが、今は詩作を通じて少しでも創作をつづけていこうと考えています。

たとえ泥水を啜ってでも、小説を書けずに詩歌という形でつなぐことになったとしても、創作とともに生きていたいという想いで日々を過ごしていて、まだまだ私の模索はつづきますが、それでも新たな一歩を踏み出して、これからも精進していきたいです。

詩作と文学フリートーク

一昨日前に詩を書きました。

もともとは短歌を詠んでいたのですが、どうにも言葉足らずというか、もう少し模索する余地があるなと感じたので、その想いを詩に乗せてみてはどうなるだろうかということで試してみることにしました。

 

kakuyomu.jp

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おそらく作り手の持っている性質によって、詩歌の形は自ずと決まってくるのだろうなと思います。

私はやはり詩が一番しっくりきて、その次に俳句、短歌という順になるので、短歌で同じことをしようとすると、どうしてもぎこちなくなってしまいます。

もう少し時間をかけていずれも磨いていく必要があるなということを痛感しました。

暦の上では春になったので、俳句もまたそろそろ詠みたいなと考えていますが、さてはてどうなるやら。

俳句歳時記を手に持ってちょっとためらってしまうこともあって、その発語ならぬ発句の難しさも、なんらかの形で昇華できればいいなと思います。

 

それにしてもうつ特有の罪業感からなかなか逃れられずにいるので、この機会に伊藤計劃虐殺器官』を再読したいところですが、こちらも主人に貸しているのですよね。

ドストエフスキーの『罪と罰』もそろそろ読みどきかなと感じています。

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

 
罪と罰(上)(新潮文庫)

罪と罰(上)(新潮文庫)

 
罪と罰〈下〉 (新潮文庫)

罪と罰〈下〉 (新潮文庫)

 

結局そういうものから逃れられないうちは、私は何らかの形で創作をつづけていくしかないのだと思います。

けっこう根源的な問題なので、向き合うのは苦しいですが、それでも光を見つけられたらいいのかなと。

 

文学に触れることから、少し離れてしまっていたので、この機会にふたたび触れていきたいと思います。

20代の頃と違って、文学を手に取る動機のようなものも変わってきていて、最近だと漱石の『こころ』を再読して心を抉り取られるような想いがしたのですが、漱石が弟子を「オイラン憂ひ式」と叱咤し、「命のやりとりをする様な維新の志士の如き烈しい精神で文学をやつて見たい」という気持ちがなければ、結局創作に関わってもしょうがないのだろうと思います。 

こころ (新潮文庫)

こころ (新潮文庫)

 

 罪という視点で文学を捉えると、名作が数限りなく出てきますが、この機会に芥川や太宰を読み返してみるのも、新たな視点が得られそうな気がしますね。

おそらく文学の本質に少なからず罪の意識というものが深く関わっているのだろうなと思います。後悔とか、懺悔とか、自己嫌悪とか、そういう罪の意識やつらい感情に端を発するお話は挙げるとたくさんありますね。

 

また肝心の詩歌の方ももっと読んでいかねばなりませんし、まだまだ課題だらけですが、それでも少しずつでも前に進んでいければと考えています。

今は塚本邦雄の『定家百首・雪月花(抄)』を読んでいるところで、もともと和歌は読んだままを味わうのが好きなので、少し前に読んだときには塚本の訳詩がいかんせん拙くて邪魔だなぁと思ってしまったのですが、それはほどほどに付き合うことにして、評の方をじっくり読んでいます。

定家百首 雪月花(抄) (講談社文芸文庫)

定家百首 雪月花(抄) (講談社文芸文庫)

 

 Twitterでは軒並み高評価な本で、とあるTwitterで四六時中ツイートをしているインフルエンサーが、とある本の中で起きてから寝るまで本を読んでいると書いていて、この本をお気に入りの本として挙げていて、「ははぁ……ついったらんどの人だなぁ」と鼻白んでしまいました。

あの界隈の人はどれほどの自分の意思といかほど確かな自分の評価軸で本を選んでいるのでしょうかね……。

そういうわけで、ちょっと素直な気持ちで付き合いきれるか分からないのですが、とにかく『王朝百首』『詞華美術館』『百句燦燦』と積んでしまっているので、積んでいるからには順に読み進めようと思っています。

王朝百首 (講談社文芸文庫)

王朝百首 (講談社文芸文庫)

  • 作者:塚本 邦雄
  • 発売日: 2009/07/10
  • メディア: 文庫
 

 

詞華美術館 (講談社文芸文庫)

詞華美術館 (講談社文芸文庫)

  • 作者:塚本 邦雄
  • 発売日: 2017/11/10
  • メディア: 文庫
 
百句燦燦 現代俳諧頌 (講談社文芸文庫 つE 2)

百句燦燦 現代俳諧頌 (講談社文芸文庫 つE 2)

  • 作者:塚本 邦雄
  • 発売日: 2008/06/10
  • メディア: 文庫
 

 

それからこちらも買っておかねばなりませんね。

新古今の惑星群 (講談社文芸文庫)

新古今の惑星群 (講談社文芸文庫)

  • 作者:塚本 邦雄
  • 発売日: 2020/12/14
  • メディア: 文庫
 
花月五百年 新古今天才論 (講談社文芸文庫)

花月五百年 新古今天才論 (講談社文芸文庫)

  • 作者:塚本 邦雄
  • 発売日: 2012/11/10
  • メディア: 文庫
 

 

定家というと、こちらの『全歌集』も買おうと思ってまだ買えていないので、絶版になる前に手に入れなくては。 

藤原定家全歌集 下 (ちくま学芸文庫)

藤原定家全歌集 下 (ちくま学芸文庫)

 
藤原定家全歌集 上 (ちくま学芸文庫)

藤原定家全歌集 上 (ちくま学芸文庫)

 

 まだまだ勉強不足の感が否めないので、とにかくまずは詠む前に読むことを意識して、またいずれ短歌にチャレンジしたいです。

短歌結社に属している知人曰く、私の短歌は新古今調だそうなので、その言葉を信じて、新古今和歌集についてもっと学んでいきたいと考えています。

あの超絶技巧をどれほど自分の作品に取り入れられるかは分からないのですが、それでもやはり古典に学ぶことは必須だと思うので、現代の詩歌も読みつつ、しっかり古典にも触れたいところです。