【深夜の文章キャス】それでも小説を書きたくなってきた

ここ数日、いろいろと書きたいネタが出てきていて、ふたたび小説に向かいたい気持ちが高まっている。

プレッシャーに感じていた各方面からの圧力は、私の思い過ごしだということがわかったし、ある種の雛見沢症候群的な被害妄想に陥っていたらしい。いたく反省している。

オンライン小説講座の先生からも、小説はいつでも書けるよと励ましていただいて、ここのところ完膚抜きまでに自信を失っていて、もう二度と小説なんて書けない気がしていたのだけれど、もう一度筆を執れるなら執ってみたい。

 

書きたいネタはふたつほどあって、ひとつは母殺しの物語で、これはこれまでに書いてきた小説とそう変わらないテーマなのだけれど、毒親の母からの電話で蕁麻疹が出て、これはまだ私にとってはリアルタイムな問題なのだという想いを新たにした。

母殺しというテーマは、私にとってはすでに過ぎ去ってしまった問題を無理矢理掘り返して書かねばならなくなってきていると感じていて、そこに限界を見出してしまっていたのだけれど、私自身がまだそのテーマを必要としているのだから、これは書くしかない。書く以上は覚悟を持って臨みたい。

ジャンルは先生に勧めていただいた時代ファンタジーになると思う。

今のところヒロインを巫女的な性質を持つ女の子にしたいという想いだけがあるのだけれど、全体的な構想はこれから深めていかねばならない。

できれば平安風ファンタジーにしたいので、読むべき本は多い。しっかり励みたい。

今ちょうど山岳信仰の本を読んでいて、これがめっぽう面白いので、そのまま資料として使える部分は使いたいと思っている。

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山中他界をモチーフにした小説はこれまでにも書いてきた。

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kakuyomu.jp

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 その経験をベースにしつつ、新たな物語を紡ぎたい。

主人に「雨伽には山岳信仰はあるの?」と訊かれたのだけれど、私は幼少期から父に釣れられて登山をしていた経験があり、暮らしていた長崎も、そしてふるさとも、山と海とに囲まれた土地で、学校行事でも何度か登山をしたことがあった。

その時感じたなんとも云えない霊気は未だに肌の感覚に残っている。

山の天気は移ろいやすく、あっという間に霧が立ちこめてそれ以上進めなくなったりする。そこに幼心に畏怖を感じたのを今でも覚えている。

また山中他界というと泉鏡花の名は外せない。

高野聖』はまさに山中他界の話だし、再読してもいいのかもしれない。

 ここのところ鏡花のことを想起することが増えてきたから、この機会にこれまで愛読してきた鏡花の小説を再読していきたい。

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もうひとつは創作BLで、ここのところ商業BLをたくさん読んでいるせいか、狐BLの夢を見て、それがたいへん良かったので小説にしたいと思っている。

世の中の商業BLを見てみると、お狐様の攻に嫁入りする人間の受という構図が多いようなのだけれど、私が観た夢はお狐様の少年の受が、中年の複数の攻を相手にウリをしているというもので、そうして精気で満たされていくというなんとも男性向けな内容だった。

考えてみれば日本における稲荷信仰の原点は荼枳尼天との習合にあって、彼女は性愛を司る神とされているから、受の方が整合性が取れるのかもしれない。

こちらは完全に趣味的な小説になる予定なので、投稿などは今のところ考えていない。

 長野まゆみ『雪花草子』がとても好きなので、そうした平安風ファンタジーの小説になればいいなと思っている。

両方舞台が平安時代になるので、同じく資料集めに励まなければならない。

読むべき本は何かと多いけれど、ふたたび小説を書きたいという想いが頭をもたげてきたことは祝福してもいいのかもしれない。

【深夜の文章キャス】詩と性愛と具象という魂と

朝に一編の題詠詩歌の詩を書いて、偽ドキドキ文芸部!のDiscordとカクヨムに投稿した。

 

「あい」

だれもかもみにくいね、息も絶えだえに水中に沈んでいけばいい、そうして都にたどり着いたなら、うつくしい乙姫さまが迎えてくださる。交わる体の中にも海はある。そこが空っぽになったらなら、言葉だけをつめこんで、ぎゅうぎゅうになるまで「あい」で満たして、やがて「いな」へと変わってゆく単語の配列を眺めるゆとりもなく、衝動のあふれるままに「あい」を分かち合って、欺瞞だね、嘘だらけの二文字だね、「あい」なんだもの、しょうがない。くらげになればいい。消えぎえになってゆく体、透けてゆくあなたの指先、そのどれもが海へとかえるとき、海神の奥底にマリンスノウは降りしきる。

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これは吉本隆明の云うところの対幻想から生まれた詩人「ポエトリー・ポワレ」という創作キャラクターの詩をベースに作ったもので、彼の詩はもっと牧歌的で優しいのだけれど、自分に限りなく引き寄せて書いた。

一時期は性愛を歌った詩をよく書いていたことを思い出す。

私の詩の原点には性愛があって、それが失われてしまうことが恐ろしいという気持ちと、このまま性愛から解き放たれて自由になりたいという気持ちとがないまぜになった日々を送っている。

鏡花は恋愛至上主義の作品を作りつづけた。それは家父長制的な結婚というものが恋愛を粉々に破壊することへの憤りから生まれたもので、後述するように、そこには必然性があった。

 

私にとって性愛の必然性はどこにあるのだろうと思いつつ、どうしようもない私自身の哀しみを歌う上で、やはり欠かすことのできないものなのだということを改めて思い知った。

上に書いた「ポエトリー・ポワレ」は男性で、同性の「プラトニック・プルール」という哲学学徒とプラトニックな恋愛をしている。浜辺の家にふたりで住んでいて、日々議論を交わし、手をつないで浜辺を歩く。食事を共にするけれど、それきりで、ふたりとも別々のベッドで眠る。

そういう関係性を必要とするのも私が性愛に著しく傷ついてきたからに他ならないのだけれど、だからといって性愛を頭ごなしにまったく完膚抜きまでに否定することもまた難しい。

そういう葛藤があって、BLからは距離を置いたのだけれど、ここのところ商業BLを読むようになった。

結局のところ私は傷ついた性愛の記憶を、できるだけ美しい愛の物語で癒したいのだろう。

ちなみにこれは同性愛の詩ではなく、あくまでも異性愛として書いたけれど、読み手の自由な解釈に委ねたい。

 

何の話だ。

ここのところ読書意欲が落ちていて、まったく本を読めていなかったので、今日は久しぶりに活字に触れて心が癒された。

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特集の「抽象VS.具象」がとても良かった。私はやはり具象に端を発しない短歌というものは、どこかで頭打ちになると思っていて、文学というものが必然性を抜きにして成立しえないのだとしたら、短歌における具象はその必然性、いわば作品の魂に他ならないと信じている。
葛原妙子も、そして塚本邦雄も、具象を抜きにしては成立し得なかったというところに希望を抱けた。
また掲載されている短歌では特に横山未来子が良かった。彼女の歌集は以前主人にプレゼントしてもらったので再読したい。

短歌だけなく、昨夜の定例会で話していても、やはり具象から離れすぎた詩は、魂が宿っていないように私には思える。

もともと私自身そういう耽美派な詩歌を作ってきたから、これは自己批判も兼ねているのだけれど、具象なき抽象は存在しえないのだということをこの特集を読んで実感した。

作品が作品として命を持つためには、やはり具象が必要で、具象なき抽象は好悪という価値判断以外に評価の基軸を持ち得ないのではないかと思うのだ。

かつての私の詩がTwitterの一部の人に評価していただいていたのも、結局好悪という価値判断以上のものを持ち得なかったからなのだろうと今は客観視している。

私にとってその過程は今に至るきっかけとなったし、必要なものではあったけれど、やはりそこから脱しなければ命のある詩歌は生み出せないのだと強く感じる。

 ここからさらなる進化を求めていきたい。

昨夜詩型の話を聞けたのは有意義だと感じたし、新たな試みとして自由詩も書いてみたいと思ったことは先にも書いた。

evie-11.hatenablog.com

そのためにも引き続き勉強をつづけねばならないし、実作を通じて模索をつづけていきたい。

サークルの主宰者・柿内午後さんが佳作に選ばれた『月刊ココア共和国 2021年8月号』を読んで、改めて詩の自由さを感じられたのも有意義だったし、投稿もした。

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結果がすぐに出るとは思えないけれど、それでもこうして日々励みを得ながら詩を書いたり短歌を詠んだりしていきたい。

 

偽ドキドキ文芸部! の定例会に参加しました

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偽ドキドキ文芸部! の定例会に参加しました。

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拙作も三作ほど批評をいただき、具体的なアドバイス等もいただけて、大変うれしかったです。詩も短歌も評価していただけて、大変励みになりました。

はじめのうちは様子をうかがいながら参加していたのですが、詩型の表現や他者表象の暴力性など、さまざまな議題が話題に上って、有意義な会になりました。

また散文詩については「小説も向いているかも」と評していただいて、また小説を書きたいという気持ちになるとともに、終盤の詩型の必然性について考えて、自分の散文詩散文詩という形でなければ表現できないのだという想いを新たにしました。

詩は調べで、その調べが滞ることのないように書き連ねることが、散文詩として必要な条件なのだと思っています。

私は改行する詩はこれまでに何度か書いたきりで、いずれもなかなか思うような形にならずに挫折したという過去がありました。

https://star-bellflower06.tumblr.com/post/183491713587/%E6%98%A5%E6%84%81%E3%81%AB%E6%AD%BB%E3%81%99

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なんだか妙に気恥ずかしくなってしまうんですが、それでも詩の本来のあり方はこうした形式によるものだと昨夜伺って、さらなる模索をつづけていきたいという想いを新たにしました。

次回のテーマは「海」だそうで、最近海のことを詩に書くことが多いので、また投稿できればと思っています。

【深夜の文章キャス】短歌について

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あれから主人と話して、「歌壇の動向のことはさほど深刻に捉えずに、歌壇を気にせずに詠んで投稿すればいいんじゃない? そもそも『壇』とつくものはたいていクソだし」と云われました。

フェミニズムに理解を示そうとしない私とは違って、主人は理解のある人なので、話しても分かってもらえるだろうか……と不安だったのですが、ひとつひとつ丁寧に話をしたところ、分かってもらえて良かったです。

結局ひとりで決められない自分にも厭気が差しますが、それでも短歌を投稿することを諦めざるを得ないのだろうか……とここ数日悶々として蕁麻疹が出たり、持病のメンタルの発作が出たりしていて、本当に苦しんでいたのでした。

その影響で作歌自体も滞ってしまっていて、ますます悪循環に陥っていました。

ゼロ百思考なのは私の悪い癖ですね。

自分の保守的な思想については最近日記で語る場面が多くて、時々こういうことを書いてもいいのだろうか……と自己検閲してしまう部分があるのですが、SNSにはつないでいない秘境駅で、検索流入もあまりなく、ほとんどはてなユーザーの方からのアクセスがメインなので、OKだろうと考えています。

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その思想と歌壇とのギャップに苦しんでいたのはたしかなことで、それでもプロの歌人ならともかく、まだろくに投稿していない初心者があれこれと思い悩むこと自体、分が過ぎているのかもしれません。

とにかくまだ短歌自体永遠の試行錯誤のさなかにいるので、しばらくの間は和歌を読んだり、現代短歌の歌集を読んだりしながら、方向性を模索できればと思います。

ひとまず作歌はこれまで通り毎日詠みつづけたいですし、自分のアイデンティティの中に歌人というカテゴリーは守っておきたいので、それを励みにがんばります。

当面の間、投稿は詩一本に絞ります

 

短歌について

あれからさまざまなことを調べたり、考えたのだけれど、やはり今の歌壇から距離を置いていたいと思う。

今のフェミニズムを前面に出した潮流は私にはnot for me だし、趣味的に短歌を作りつづけることはあっても、歌壇に投稿するということはしなくてもいいのかもしれない。

もともとさほど器用な方ではないし、今は投稿は詩一本に絞って、短歌は細々と折本を作ったり、同人に徹して作っていきたい。

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個人的な裁量が届く範囲で、ごくごく限られた場で短歌を公開していきたい。

カクヨムに載せてもいいのだけれど、まとまった量から選歌をするという方針を捨てたくはないので、今後ともオープンなネットの場にはあまり載せないでおく。

うたの日にも少し関心を抱いたことはあったけれど、私にはおりひめ歌会もあるし、偽ドキドキ文芸部! もあるので、それで十分なのかもしれない。

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少しオープンなネット空間に疲れているということは以前にも書いた通りだ。

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広く読んでもらうことよりも、今はもう少し手狭な場所で活動していたい。

それはひいては読者と私自身とをより密接な形でつなぐ通路になるのかもしれないし、なかなか同人誌を作るのが難しい今、その代わりとしてクローズドな場に作品を置いておきたい。

まだこういう試みははじめたばかりで、うまくいくかどうか分からないけれど、今後ともそうして活動できるといいなと思っている。

 

詩について

今後は詩一本に絞って投稿をつづけるということを冒頭に書いた。

もともと散文詩は11年書いてきたし、短歌よりもよほど私にとっては自分に近しいジャンルなので、今後とも書きつづけたい。

現代詩手帖への投稿も再開したいし、ココア共和国にも引き続き投稿していきたい。

またこれに伴って買うべき本も変わってくるので、現代詩を中心に詩集を集めたい。

まだまだ積んでいる詩集も多いし、引き続き読んでいきたい。 

ネットでの公開は引き続き偽ドキドキ文芸部! を中心に行っていければと考えている。

そしていずれは第三詩集を編めればいいなと願っている。

 現在出版している詩集とはまた毛色の違うものになるので、今から形にするのが楽しみだ。

世界とシェイクハンドしたい

一日中妙に消耗していた。

歌壇の現在の潮流と自分の思想がそぐわないことに悶々としてしまい、歌壇から離れたところで作歌をしていくべきではないかと思い悩んでいたのだ。

しかし思想と作品とはまた性質を異にするものだし、その影響は免れ得ないとしても自分自身の信仰や思想を歌に詠み込むかどうかは私個人の裁量にゆだねられている。

もともとゴシック志向な短歌を詠んできて、その姿勢は今後とも変わらない。

 

神棚を新たに設け、思想は保守に拠りながら、それでもキリスト教へのあこがれや、ノンバイナリーとしての自我を完全に切り捨てることはできないし、それが創作の糧となっているのなら、むしろ生かすべきだとも思う。

ここのところ急激に視野が狭くなっているという自覚があり、あまり好ましいことではないなと思っている。

カトリックに帰依することはないかもしれないし、あるいはいずれどこかで帰依するかもしれないけれど、いずれにせよ創作のイマジネーションの泉として、拠るところは大きい。それはそれでいいのだろうと思う。

白黒をつけてどちらかを選ばねばならないと考えれば自ずと苦しくなる。

そして自然と自分の思想というものは短歌に表れていくのだろうし、その結果生まれてきたものが、たとえ歌壇に歓迎されないものであったとしても、私は私の作品を掲げていくしかない。

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夕方、角川短歌7月号を読んでいて、短歌の可能性というものは、私が捉えているよりずっと広いということに気づけたのも収穫だった。

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気に入った短歌はいくつもあるけれど、それはこの記事の趣旨から逸れるので追々挙げることにする。

ただ自分の視野が著しく偏って狭くなっていたことを知ることができたし、そういう点でもっと多くの作品に触れていく必要性を強く感じた。

何事も勉強だと思って、たとえ自分とは毛色の異なる主張のものにも触れていかないと、どんどん偏屈になってしまうなといたく反省した。

その上で、自分の考えを持って作歌に臨むべきなのだろうし、はじめから何ものをも拒絶していてははじまらない。

世界とシェイクハンドすることが大切だと、主人に前に云われた。

その意味が少しばかり分かってきた気がする。

 

ゴシックはもともとカウンターカルチャーとして生まれた、という趣旨のことが『ゴシックの解剖』にも書かれていて、まだ読み終えていないのだけれど、近いうちに読破したい。

むしろゴシックな短歌を作りつづけることが、自分の思想へと逆輸入されて、保守からカウンターへと変化していくことにもつながっていくのかもしれないし、今はまだ自分の思想をこれと強く思い詰めない方がいいのだろうとも思う。

ノンバイナリーとしての自己を強く意識した時期も長くつづいたし、そういう点では保守とも完全には云いがたい部分があるのはたしかだ。

人間というものはさまざまなレイヤーでできていて、その多層化した自己をひとつの枠組みに当てはめること自体難しいのかもしれない。

できるだけさまざまな知見を集めて、柔軟な姿勢で学び、そして作歌に励みたい。

詩を投稿しました&折本作りました

懲りずに詩を投稿しました。

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送り先はTwitterで流れてきた『月刊 ココア共和国』です。

『ココア共和国』2021年8月投稿詩傑作集Ⅱまで読んだ。
篠崎亜猫「雨の日の詩情」、岩佐聡「仮形成」、片野翠子「もうどうでもいいわ」、林やは「羊水の春」が素晴らしい。

詩の自由さと、本質を感じた作品の数々で、詩を読む喜びを与えてくれたものばかりだった。

やはり詩はいいなぁという想いが強まって、興奮しながら読み進めました。

投稿を受けつけているとのことだったので、このたび投稿させていただきました。

結果はすぐには出ないと思いますが、今後とも継続的に投稿していくつもりです。

現代詩手帖に投稿したときには敷居の高さを感じたり、自分の作品にどうしても自信が持てなくて、投稿することにためらいがあったこともたしかでしたが、ココア共和国の作品を観ていると散文詩もありますし、比較的自由な気風を感じました。

できれば現代詩手帖と並行して投稿できればいいと思っていますが、それには書く量がまだまだ追いついていないので、しっかり書いていきたいと思います。

とにかく詩歌は数をこなさないと話にならないなと詩歌に転向してから感じているので、読む方も書く方も強化していきたいです。

また弱音を吐きたくなることもあると思いますが、それはそれとして前に進んでいければなと思います。

 

心変わりのきっかけというか、背中を押してくれたのは、昨夜観たゾンビランドサガ リベンジ4話の純子ちゃんでした。f:id:evie-11:20210728174430j:plain

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お茶をいただきながら観たのですが、純子ちゃんのストーリーがあまりにも良くて、やっぱり純愛コンビが好きだなぁと思いつつ観ていたのでした。

やっぱりゾンビランドサガは元気が出ます。

 

大河よ共に泣いてくれ

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激昂サバイブ(TV size)

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evie-11.hatenablog.com

ライブもまた観戦できるといいなと思いつつ。

純子ちゃん人気にあやかってか、2期は純子ちゃんにフィーチャーしたお話が中心でうれしい限りです。

元気が出ない日も、弱音を吐きたくなることも多いですが、それでもこうして者が亜t裏を糧に頑張りたいです。

 

それから大変遅ればせながら自分で作った折本歌集を出力して折りました。

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こちらにて100円で頒布中です。

おかげさまで複数名の方にブーストしていただいておりまして、感謝申し上げます。

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療養短歌をテーマに詠んだ、短歌30首を収めた折本歌集のPDFです。 失われた恋への挽歌、過ぎ去った夏へのノスタルジーをサブテーマとし、ダークでゴシック、耽美な作風を志向しています。

 

世の終わり詩神は死せず海の果てきみとふたたび巡り逢うまで

 

AnthemはCoccoだったね沈黙を守ってふたり白百合の園

ここのところ心身ともに病気で参っていて、本当に余力がなくて。

プリンターの上に本を積み上げているので、そこを崩して紙をセットして出力して切り込みを入れるだけなのですが、それがなかなかできずにいました。

やはり紙に出力してみるとまた画面上で見るのとは違う味わいがあって、やはり紙はいいなぁと感じます。

インクの色にもこだわったので、ぜひ折本でもお楽しみいただければと思います。