広寒宮

アマチュア作家・雨伽詩音の活動報告その他諸々

【ヴァニタスの系譜】教師のあり方をめぐって

昨日からヴァニタスの系譜という小説を書きはじめました。飼っている兎を屠殺して食べ、花の静物画を描きつづける画家の兄と、そんな兄を支える高校の国語教師の弟の物語です。
プロットの段階であまりにもセンシティブな内容になりそうだったので、没にしようかと思ったのですが、カクヨムゾーニングがしっかりしていることを思い出して、カクヨムに投稿しようと思っています。
場合によっては、さらにゾーニングが厳しいpixivに載せることも視野に入れようと思っています。

 

ここのところあらゆる表現に対する世間のまなざしがあまりにも厳しくなっていて、「多様性とは……」という気持ちになっているのですが、私の作品が届く人にはちゃんと届いていることはカクヨムTwitterを見ていても感じることなので、必ず書き上げるつもりです。
ゾーニングに関しては様々な議論があると思いますが、基本的には書き手も読み手も保護してくれるものであると私は認識しています。
今回のみかんポスターの一件でさらにそういうことを強く感じるようになりました。

 


さて、まだ書きはじめて2000字ほどなのですが、国語教師の弟が主人公(名前未設定)なので、彼にフォーカスして内面の動きを描写していたのですが、正気と狂気の狭間にいる彼を描いていると、かの有名な「さよならを教えて」を思い出します。

 

 

そういうわけで昨日はひたすらこの曲をループ再生して書いていたのですが、彼を描いていると、教師もまた一様ではないことに気づかされます。
いわゆる学園ものにはしたくなかったので、生徒にフォーカスすることはまずありません。彼ら彼女らにもそれぞれの物語があるとは思うのですが、主人公にとってはそれも彼の世界の枠外にあることで、干渉しえないものであり、理解しがたいものであるというスタンスを取っています。

 

それはある意味教育者には必要なことなのかなとも感じます。我が子のように接することが必ずしも善き教育者ではないのだろうなと。
自分の学生時代を振り返ってみると、私が慕っていた先生はいずれも前者で、疎ましいと感じていた先生は大抵後者でした。
小学生の頃、単なる忘れ物をしただけで我が子を叱りつけるような烈しい口調で叱られたのは未だに覚えています。当時は今以上に繊細だったのでわりとトラウマです。
高校に進んでからはそれも幾分か緩んで、関係性も「我が子」から「他者」へと変わって楽になりました。
そういう気持ちがこの主人公を形作っているのだろうなと。

 

そういうわけでこの物語では生徒とあまり干渉しない教師というものを描きたいなと思っています。某ジャンルの某教師のキャラクターはそういう意味ではちょっと私にとっては解釈違いでした……。(お好きな方すみません)
やっぱりそこには歴然とした上下関係があるし、あまり対等でフラットな物言いで教師に迫る生徒というのはフィクションとはいえ違和感を感じます。
そういう点で心底信頼しているのがあさのあつこ『バッテリー』です。

バッテリー (角川文庫)

バッテリー (角川文庫)

 

やはりここは児童文学の強みというか、生徒から見た教師の憎たらしさを克明に描いているなと感じます。本来そういうものだと思うのです、教師と生徒って。フラットに言葉を交わせる関係ではないので。

 

考えてみれば、むやみに干渉しないことが他者としての敬意を示す、というのは私の根本的な価値観かもしれません。
住んでいる世界が違うものに強いて踏み込まない優しさを主人公にも持っていてもらいたいと思っています。
これは今の社会に対する私なりのアンチテーゼでもあります。

 

学校はミッションスクールという設定で、主人公の抱く罪業感を演出するにはどうしても不可欠な要素となっています。私自身、信徒ではないのにミッションスクールに通っていたので、そこで感じていた違和感を主人公に仮託している部分は大いにあります。
ミッションスクールでの学校生活がこういう形で生かされるとは思っていなかったので、そういう意味では良い経験ができたのかな、と今では思うようになりました。
何が糧になるのかわからないところが創作の面白さだなと感じています。

 

さて、主人公の物語は幕を開けたばかりです。プロットは練っていますが、いつも通り逸脱していくこともあるかもしれません。彼がたどり着く場所は決して明るい未来ではないかもしれませんが、それでも彼の意思を重んじたいと思っています。