広寒宮

アマチュア作家・雨伽詩音の活動報告その他諸々

【お題参加】六朝詩からの卒業

今週のお題「卒業」

 

最近、『唐詩選』を読んでいる。

f:id:evie-11:20190329105947j:image

 

 

読もうと思ったきっかけは、漢籍に詳しい恋人が唐詩選を勧めてくれたからなのだが、それまでは玉台新詠や文選が好きだった私にとっては、六朝詩こそが自分の好みに合う漢詩であり、唐詩にはあまり興味がなかった。

f:id:evie-11:20190329121404j:image

 以前、彼に勧められて『李白詩選』を読んだときには、李白の五言絶句に魅了されたものだが、この一冊を読んでからはすっかり唐詩から遠ざかってしまっていた。

李白詩選 (岩波文庫)

李白詩選 (岩波文庫)

 

 華美な語彙を好む身としてみれば、貴族文化が花開いた六朝詩のロマンティシズムにはえも云われぬ魅力を感じていたし、それに比べて唐詩はいささか質実剛健なイメージがあって、味わい深さで云えば勝るけども、その味わいも枯淡として玄人好みに思えたのだ。

私には唐詩の良さはわからないとはなから決めつけていた。

しかしひとたび唐詩選を紐解いてみると、劉庭芝(りゅうていし)の「公子行」に夢中になった。

有名な一節を引いておくと、

古人無復洛城東 古人復た洛城の東に無く

今人還対落花風 今人還(ま)た対す 落花の風

年年歳歳花相似 年年歳歳花相(あい)似(に)たり

歳歳年年人不同 歳歳年年人同じからず

寄言全盛紅顔子 言に寄す 全盛の紅顔の子

応憐半死白頭翁  応(まさ)に憐れむべし 半死の白頭翁(はくとうおう)

 

――劉庭芝「公子行」

 

年年歳歳花相似 年年歳歳花相似たり

歳歳年年人不同 歳歳年年人同じからず

という対句を巡っては、以下の解説が付されている。

年年歳歳花相似たり 歳歳年年人同じからず」という対句がうかんできた。これまた不吉な予感がしたけれども、捨て去るにしのびず、「死生は天命というから、この詩句と何の関係があろう」といって、両方とも詩中にとり入れることに決心した。ところが、以後一年たたずして彼は、悪人のために殺されてしまったという。一節には、彼を殺したのは舅にあたる宋之問だとも言われる。作者がこの詩を発表しないうちに舅の宋之問に見せたところ、之問は、「年年歳歳」の二句をみて大へん気に入り、「是非ともこの句をわしにゆずってくれないか」といいだした。舅の申し出だから、むげにことわるわけにもいかず、これを承諾したが、考えてみると、やはり惜しい。あれこれと思案したあげく、一たん承諾しておきながらこれを拒絶し、後に自作として発表してしまった。二重に面目をつぶされた宋之問は逆上のあまり、ひそかに奴僕に命じて作者を土嚢で圧殺させたという。真偽のほどはうたがわしいが、かかるエピソードを生むほどに、この二句は有名であり、一篇中の名句として古来人口に膾炙している。

 

――高木正一唐詩選 上』新訂 中国古典選14、朝日新聞社、1965年、137 頁。

漢詩を読むのもさることながら、こうして解説を読んで語彙の出典を知ったり、 作者にまつわるエピソードを知ることができるのも大変楽しい。

彼にこの対句を見せたところ、「ああこの詩か」と云っていたので、漢文愛好者の間では本当に有名な対句なのだろう。

それから、かもめメンバーの竹雀氏が敬服する陳子昂の詩に私も惹かれたので載せておく。

晩次楽郷県 晩に楽郷県に次(やど)る

故郷杳無際 故郷杳として際(はて)無し

日暮且孤征 日暮 且(しば)らく孤征す

川原迷旧国 川原(せんげん)旧国に迷い

道路入辺城 道路辺城に入る

野戌荒煙断 野戌(やじゅ)荒煙に断え

深山古木平 深山 古木平らかなり

如何此時恨 如何ぞ 此の時の恨み

嗷嗷夜猿鳴 嗷嗷(きょうきょう)として夜猿(やえん)鳴く

 ここに至るまで読んできた宮廷詩人による応制詩(皇帝の詔勅を受けて作った詩)とは打って変わって無骨で無駄のない詩風だが、その情趣はいっそう深く感じられる。

他にも諸葛孔明など、歴史上の故事を織り込んだ詩も唐詩選には収められており、あたかも彼が一歴史家であったような風格すら感じられる。

現に解説によれば、

陳子昂の詩は、古体と近体とを問わず、共通して流れるものは、古風の力強い男性的な感情であり、それががっしりした骨組みをもって歌われるとともに、経史の学を学んだ人のみがもちうる思想をその内容とすることなどによって、南朝の詩や、当時における宮廷詩人たちのそれとはちがった特色を発揮し、やがては盛唐の李白によって継承され、完成される古風の道をきりひらいている。―― ――高木正一唐詩選 上』新訂 中国古典選14、朝日新聞社、1965年、260頁

 とある。

以前の私であれば、この良さはあまりわからなかったと思うのだけれども、唐詩選を頭から読んでいると、その斬新さと味わい深さは際立って感じられるのだ。

ちなみに竹雀氏は以前エッセイに陳子昂の詩を引いていたので、併せて紹介しておく。

 

まとめてみると、これまで六朝詩にこだわっていた自分にとって、唐詩選との出会いは衝撃的なものであった。より多くのバリエーションを持った詩の数々が収められたこの本を通じて、私は漢詩の奥行きを感じることができたし、まだまだ漢詩について学びたいという意欲も高まった。

f:id:evie-11:20190329130844j:image

 

そこで図書館で漢詩の本を二冊借りてきた。

魯迅『物語・唐の反骨三詩人』と、岩波文庫版文選にも関わっておられる川合康三氏の『生と死のことば 中国の名言を読む』という本だ。 

物語・唐の反骨三詩人 (集英社新書)

物語・唐の反骨三詩人 (集英社新書)

 

『物語・唐の反骨三詩人』には先に挙げた陳子昂の他に、孟浩然と李白について書かれていて、今から読むのが楽しみだ。『生と死のことば』には漢詩だと白居易陶淵明などの言葉が収められているらしい。

こうして新たなスタートを切った気分で、これからも漢詩とは永く付き合って行きたい。彼からたくさんのことを学びつつ、私も成長していきたい。

 

追記メモ

年年歳歳花相似 年年歳歳花相似たり

歳歳年年人不同 歳歳年年人同じからず

については、川合康三『生と死のことば――中国の名言を読む』にも引用されている。