広寒宮

アマチュア作家・雨伽詩音の活動報告その他諸々

【エッセイ】ディレッタントの悦楽

小説を読んでいて私が愛してやまないのは、小説の中の主人公が、芸術書などの書物を自在に床に広げて、あるいは部屋に持ち込んで耽読する場面だ。

それから私は、今迄親しんで居た哲学や芸術に関する書類を一切戸棚に片附けて了って、魔術だの、催眠術だの、探偵小説だの、化学だの、解剖学だのの奇怪な説話と挿絵に富んでいる書物を、さながら土用干しの如く部屋中に置き散らして、寝転びながら、手当たり次第に繰りひろげては耽読した。その中には、コナンドイルのThe Sign of Fourや、ドキンシイのMurder,Considered as one of the fine artsや、アラビアンナイトのようなお伽噺から、仏蘭西(フランス)の不思議なSexoulogyの本なども交っていた。

此処の住職が秘していた地獄極楽の図を始め、須弥山図だの涅槃像だの、いろいろの、古い仏画を強いて懇望して、丁度学校の教員室に掛かっている地図のように、所嫌わず部屋の四壁へぶら下げて見た。床の間の香炉からは、始終紫色の香の煙が真っ直ぐ静かに立ち昇って、明るい暖かい室内を焚きしめて居た。私は時々菊屋橋際(ぎわ)の舗(みせ)へ行って白檀や沈香を買って来てはそれを燻(く)べた。

 ――谷崎潤一郎「秘密」

刺青・秘密 (新潮文庫)

刺青・秘密 (新潮文庫)

 

 

 ある日私は風邪気味で学校を休まされたのをよいことに、父の外国土産の画集を幾冊か部屋にもちこんで丹念に眺めていた。とりわけ伊太利(イタリー)諸都市の美術館の案内が、そこに見られる希臘(ギリシャ)彫刻の写真版で私を魅した。幾多の名画も、裸体がえがかれているかぎりにおいて、黒白の写真版のほうが私の好みに合った。それはおそらく、そのほうがリアルに見えるからという単純な理由によってであった。

――三島由紀夫仮面の告白』  

仮面の告白 (新潮文庫)

仮面の告白 (新潮文庫)

 

 

特に谷崎の秘密などは「これぞ読書家にとっての最高の贅沢」と思わせる書きぶりに夢中になってしまう。絵画の言葉で云うならば「画中画」とでも云おうか、あるいは「書中書」とでも云おうか、そこに入れ子構造のように本の世界が展開される面白さがあるとともに、私が愛する臥遊(がゆう)の境地が描かれているように思われてならないからだ。

 

デジタル大辞泉から引用すると「臥遊」とは、

 
床にふしながら旅行記を読んだり、地図や風景画を眺めたりして自然の中に遊ぶこと。中国、東晋の画家宗炳(そうへい)が居所の壁にかつて歩いた山水を描いて楽しんだ故事による。

kotobank.jp

 という行為で、私は気の赴くままに展覧会の図録や、美術展で買ったポストカードなどを机に並べて眺めるのを趣味としているのだが、「秘密」や『仮面の告白』に描かれた主人公も同じ楽しみを味わっているのかと思うとうれしくなる。

 

f:id:evie-11:20190128224034j:image

f:id:evie-11:20190128224532j:image

f:id:evie-11:20190129093836j:image

 こちらが私の図録・ポストカードコレクションの一部だ。疲れたときにはこれらを眺めながらぼーっと絵画の中に自らを置いて夢想する。仏像・仏画の場合は心癒され、風景がの場合は心遊ばせ、そして人物画の場合はその人物の心に思いを馳せる。

そうした楽しみが私を現実の疎ましさから逃れさせてくれるのだ。

まだまだ買い逃してしまった図録は多いし、行きそびれた展示も数知れないけれど、家に居ながらにして絵を楽しむという遊びはこれからも催していきたい。