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広寒宮

アマチュア作家・雨伽詩音の活動報告その他諸々

文アルの高村光太郎に転びました。

文アル

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文アルはじめました。

初期文豪は中野重治

一人称僕でメガネな文系男子は正義です。

 

谷崎のビジュアルに惹かれてはじめたんですが、リリース初日からやっているのにまだ来ません……。

今日有魂書に潜書したら久しぶりに3時間が出てわくわくしてたら、すでに入手している志賀直哉でした。

金銀栞も切らしてしまったので、だいたい洋墨100で潜書する日々を送っています。

 

そうしているうちに高村光太郎に転んだので、ここのところずっと高村光太郎を助手にしています。

最初はそこまで沼キャラではないなーと思っていたんですが、フェミニスト感漂う台詞の数々や、台詞の出典を調べるうちにずぶずぶはまり、今日は高村光太郎の資料を図書館で探してきました。

 

手はじめにと、こちらのムック本から読みはじめました。

光太郎と智恵子 (とんぼの本)

光太郎と智恵子 (とんぼの本)

 

 ビジュアル豊富でテーマも簡潔で読みやすいです。

高村光太郎というと、もっぱら智恵子との関わりが取りざたされることが多いですが、独身時代に渡仏した頃のことも丁寧に取り上げられていて、なかでもパリの写真とともに載せられている「出さずにしまった手紙の一束」に萌える萌える。

巴里で画室を借りるならMONTMARTREに限る。寄席、芝居、夜見世、珈琲店、酒、女、博徒。色彩に満ちた、音楽に満ちた夜の迷宮である。MONTMARTREの街を歩いているというだけで既に僕は酔わされてしまう。外で見られない人間の赤裸々な情趣が路傍にごろごろしているからである。明るい電灯の下で自分の画室の事を思うと実に情けなくなる。ああ、もう厭だ。こんな手紙を書くのも厭だ。あばよ。

 

 

僕には又白色人種が解き尽くされない謎である。僕には彼等の手の指の微動をすら了解することは出来ない。相抱き抱擁しながらも僕は石を抱き死骸を擁していると思わずにはいられない。その真白な蝋の様な胸にぐさと小刀をつっ込んだらばと、思う事が度々あるのだ。僕の身の周囲には金網が張ってある。どんな談笑の中団欒の中へ行っても此の金網が邪魔をする。海の魚は河に入る可からず、河の魚は海に入る可からず。駄目だ。早く帰って心と心をしゃりしゃりと擦り合わせたい。

寂しいよ。

 

彼のナイーブな感性が伝わってくるようで、読んでいてどきどきせずにはいられません。これが「出さずにしまった手紙の一束」であること自体にもう胸がときめいてしまうのです。

 

フランスでの彼の生活の様子を記した箇所もたいへん私のツボを突いてくるのです。

実際、外から見た光太郎は異常に見えたらしい。(…)地階の小さなアトリエに住んで、学校にも行かず、どこをどう一人で歩きまわっているのか、姿をみせれば、霧のノートルダムの上に立ってみるとこのままパリの空を飛べそうな気がして、とびだそうとした話だの、セーヌ川が真赤な血を流していたり、雪の凱旋門に沈んでゆく太陽がギラギラ光る緑色に見えたことなどを、本気で話して聞かせたりする。別に女友達がいるようでもなく、郊外に出かける金もないらしい。そのくせオデオン座の外回廊の本屋フラマリオンの出店でみつけた、グラデルの『ロダン』の豪華本をあとさきなしに買いこんで、何日も水と塩だけで暮らしている。光太郎を訪問する者は、急にピストルか何か持ちだすかも知れないから気をつけろという噂が、留学生仲間の間に立ちはじめたりする。

長々と引用ばかりしてしまいましたが、私の知らなかった高村光太郎の姿にすっかり魅せられてしまいました。

 

そしてなにより、こういう資料を図書館で借りられるというのがうれしいところ。

最寄りの小さな図書館でも文豪の資料はそこそこ揃っていますし、当然ながら文豪の作品そのものも充実の品揃えなので、図書館を大いに活用できそうです。

上京してからは図書館から遠ざかり気味で、もっぱら購入派でしたが、あらためて図書館の良さをあじわいました。もっとたくさん利用したいです。

 

 

それから、高村光太郎といえば箱根の彫刻の森美術館で「みちのく」を観た記憶がありますが、残念ながら写真は撮っていなかったようですし、今秋旅した安曇野でも碌山美術館に行こうか行くまいかと彼と話して、結局行かずじまいだったので悔やまれます。

どちらもまた訪ねたい土地なので、再訪した折りには必ずや足を運びたいです。