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広寒宮

アマチュア作家・雨伽詩音の活動報告その他諸々

【感想】深海×神話合同誌『無可有の淵より』

書評

はじめて拝読する作者さんの作品が多かったこともあり、たいへん刺激に富んだ一冊だった。

 

特に印象に残った作品を掲載順に挙げていくと、まずは彩村菊乃さんの「零本・人魚語水漬白玉」

 

外国のお伽話のような語りのスタイルが心地よく、時折挟まれる「ニライカナイ」や「竜宮城」の語に、この物語の底を流れる昔話や神話を重んじながらも換骨奪胎しようという試みが見て取れておもしろかった。

 

また同じ書き手としての視点で云うと、アンソロジーに載せる小説の場合、限られた尺で物語を物語として過不足なくまとめるというのは案外難しいものだが、この小説はうまくバランスが取れているなぁと感じた。

 

内容に関して述べていくと、

“私たちはみな、一人の「お母さま」から生まれてきました。ダイオウイカよりもシロナガスクジラよりも、海に棲むすべてのものより大きいお母さま。そのお母さまが昔昔に死んでしまって、今は骨だけになったところから、人魚たちは生まれてくるのです。”

という文章に胸を打たれた。海神というとポセイドンや綿津見はいずれも男神だが、個人的な感覚として大地母神のような海の女神というのは共感を覚えずにはいられない。

すべての生命の源が海からはじまったことを考えれば、それは少しも不思議ではないのかもしれない。

 

また言葉の端々に表れるうつくしい表現も情緒を添えていて、この物語を十分に引き立てている。最初に出てくる子どもが桜貝を拾う場面は、情景が目に浮かぶようにうつくしいし、中ほどの“真珠は、海で死んだ者の魂です。”という一文もひときわ響いてくる。

一つひとつの表現が丹念に重ねられていて、それらが折り重なって一枚の織物のような作品に仕上がっているのだ。

この作品を冒頭に置いたことで読み手は人魚に導かれるように深海の世界に入っていく、という構想も効いていて、ページをめくる手を止めずに次の物語へ進んでいくことができた。

 

 

続いて孤伏澤つたゐさんの「華胥ノアナタ」

大学時代に記紀神話を専攻していた人間としては血湧き肉躍るような物語だった。

端的に云えばスサノヲを主人公として語られる「いつかどこかにありえたかもしれない」新しい神話を垣間見たような気がした。長鳴き鳥やヒルコをユニークな形で焼き直しているところにも、つたゐさんの神話愛が伝わってくるとともに、私とは異なる神話の読み方を提示してくれたように思う。学生時代にガチガチの頭で読んでいた記紀神話を、もう一度読み直したいという気持ちにさせてくれる作品に仕上がっていて好感を持った。

 

内容に関して云うならば、

“四方も底も、どこへもゆきつけそうにはない青である。自分のしたにこんな安寧でいられる地が、豊饒の地があるとは。末子はひどく満足した。金色の光にあふれる天上のくにも、銀色の静寂に満ちた夜のくにも、なんになるというのか。おれは父にまったくひどいくにをあてがわれたとすねていたが、――ここはそう悪くない。むしろ、これこそがのぞんでいた場所だった。” 

海原の国から高天原へ昇ることなく、深海へと沈んでゆく孤独なスサノヲ像につたゐさん独自の解釈を感じるとともに、神話のスサノヲよりも親近感を覚えずにはいられない。

しかしそのスサノヲすらも深海は突き放す。そこで彼は“遠くへゆかなければ”と決意する。

流浪の旅に出たスサノヲ、その生死は描かれることなく物語は終わりを告げる。彼の行き先は根の国だろうか。深海にあるかもしれない根の国を夢想すると、ロマンに押し流されそうになる。

 

また細かなところで気に入ったのは擬態語の豊富さとおもしろさ。“小さな波紋がゆんゆんとひろがり”や“ぽぽぽとうるさい光”など、口語的で独特な表現がちりばめられていて、これはまさしく「もの語り」としての古事記のようだ、などと思った。

さらにひらがなの多用が目立つけれども、こちらも「もの語り」を意識してのことだろうか。音を意識していた表記になっているのが好印象だった。

記紀神話モチーフの同人小説を読みたいという方にはぜひおすすめしたい一作。

 

 

最後に佐々木海月さんの「生命未満」

遠い昔に読んだスタージョンの『人間以上』という作品のタイトルを想起させて、海月さんのいちファンとしては「この作者とタイトルの組み合わせ、ずるいな。読まずにいられるわけないじゃないか」と思ってしまった。ページをめくっても舞台となる潜水艇も登場するふたりの人物も、海月さんのいつもの世界観を損なうことはない。

 

SFと神話という組み合わせも乙なもので、

“俺たちみたいだな、と。

そんな言葉が、ノルムの唇から零れ落ちた。

ふたり、石になったクジラのようだった。”

 

 

と、自分たちふたりを星の神話になぞらえるという行為に抱擁以上の愛がにじんでいるなと感じた。

 

また“魂は、己が信じるところにゆくとされています。”という一文が心の内にうつくしく響いてきて、この一文と出会えただけでもこのアンソロジーを手にとってよかったと心底思えた。

このふたりがどうなったのか、結末は描かれないけれども、私としてはこのままふたりが潜水艇に取り残されたまま、やがてともに命が尽きて、ふたつの魂がいつまでも海底の底で寄り添い合っていればいいなと願う。

 

そして彼らを包む星々の、あるいは生命の源の尊さと、その無窮なスケールの大きさについて改めて感じ入ってしまうところが海月さんの小説の醍醐味であり、彼女が最も大事にしているところなのだろうなと思った。